コール音がしばらく続いた後、機械的な音声が繰り返される。おかけになった電話は現在通話が繋がりません。感情のないその声が聞こえた瞬間、カムクラは何度目かになる通話終了ボタンを押した。
 との通話が突然切れてから既に五分。何回かカムクラは再度連絡を取ろうと手元のスマートフォンを操作していたが、もう一度通話ボタンを押そうとしてその手を止めた。
 おそらく、電話の充電が切れた。
 考え得る中で最もマシな理由を考える。
 明らかに錯乱状態に陥っていた彼女に手違いによって通話が終了した可能性もあるとも考えたが、もしそうなら、いま現在何度も電話を掛けなおしているのに何の反応がないことへの説明が付かない。それに錯乱状態だったと言えど、外部への連絡手段がスマートフォンのみという状況下で自らそれを放棄するだろうか。無いだろう。
 そして他に考えられる理由は。彼女との通話での発言から察するに、は何かに追われていた。そして逃げていた彼女が運悪くその追手につかまり……。カムクラはそこまで考えてその先を考えるのをやめた。もしそうなら最も最悪な事態だ。が無事逃げ切れていることを願うが、何の連絡も取れない現状、彼女の現在を確認できないのが何とも歯痒い。の無事に関しては今のカムクラには祈ることしかできなかった。

 カムクラは机に向き直る。机の上にはシャーペンといくつかの文字が書かれた紙。きさらぎ。如月。衣更着。から聞いた駅名、きさらぎという言葉から思いつく文字を書いていたのか、達筆な文字の羅列がそこに書かれていた。カムクラはその紙を丸めようとして、自分の書いたある文字に目が留まる。その文字に気が付いた彼は忌々し気にその文字を睨みつけた後、今度こそ紙を丸めてゴミ箱へと投げた。弧を描いて見事にゴミ箱に入ったそれには目もくれず、時刻表でが乗っていた路線の始発を調べる。その時間を記憶し、彼は遅れないよう早めの就寝をするべくベッドへと向かった。
 丸められた紙。ゴミ箱の中で一番上に乗っかっるそれは何の偶然か、カムクラが睨んだ文字がその表面に出ていた。
 鬼。
 日本の昔話でよく悪役になる忌避されるその生物の名前。それは『おに』と読むこともあれば、『きさらぎ』と読むこともある。
 鬼駅。
 が辿り着いたきさらぎ駅の本当の名前がそれだった。