こ、怖い怖い怖い。
 暗闇の中、自分の息の音でさえもうるさい気がして、思わず息を潜めてしまう。
 一体、何が居るって言うの。
 必死に息を殺す。スマホからも狛枝君の反応は無い。静寂に包まれた暗闇で、再度音が鳴った。
「!」
 必死に耳をすませば、目の前の襖越しに音がゴリッ……ゴリッと何かを引き摺るような音。そして小さくパラパラと何かが落ちる軽い音。居る。本当に居る。聞き間違いなんかじゃない。本当に何かがそこに居るのだ。
 震えが止まらない。壁に寄り掛かろうとして体の安定を取りたいが、何か間違えて音が響いてしまえばと嫌な想像ばかり働いて動けない。
 平静を取り戻したくて手元のスマホを視線だけで見る。知らないうちに通話が切れていた。その代わりと言う様に、連絡アプリが狛枝君からの一言メッセージを通知している。通話では声が漏れると考えたのだろうか。
『大丈夫?』
『音、まだ聞こえてる』
 震える手で文字を打つ。すぐに既読が付いて返信が来る。
『怖いと思うけど、塩水を取りに行くとか、逃げ出そうとするとかそれだけはしないで。絶対に隠れてるところからは出たらダメ。絶対だよ』
 私はスマホを持ちながら頷いた。
 正直こんな狭くて暗いところ、さっさと出て逃げ出したかった。でも、それがどんなことを引き起こしてしまうかは分からない。ここはおとなしく狛枝君に従うべきだろう。

 今度はカンカンと謎の音が鳴った。恐ろしいことに襖のすぐ近くだ。一体何の音……? いや、考えるのは止そう。考えれば考える程怖くなる。
 絶えず音は鳴る。あまりに近いその音にどんどん恐怖心は募っていく。こんなところから逃げ出したい。でも逃げ出す勇気もない。縋る思いで指でフリック入力を続ける。
『近くでカンカンって鳴ってる。怖い。すぐにでも逃げたいよ』
 そう送信した直後に音。視線を反射的に襖に向けてしまう。また、音。いや、違う、音じゃない。――声だ。
 襖越しにアーだとか、ウーという唸り声のようなものが聞こえる。あんまりに人間が発するような声には聞こえない。だから、さっき私は声でなく音だと誤認してしまったのだ。
 ついに声まで聞こえてしまった事実に、耐え切れなくなったのか、目の端からボロボロと涙が零れ出す。同時に壊れてしまったのかというほど、ガタガタと震える体を必死に抑える。
 また声がした。今度の声は先ほどの声とは少し声質が違う。それは、あの声の持ち主とはまた別の何かがこの部屋に居るということ。幾つもの得体のしれない何かが同じ部屋に居るのかもしれないと思うと、吐き気が込み上げてきたが必死に我慢をする。

『本当にごめん。ボクが誘ったせいだ』
 通話アプリでは相手の顔が見えない。でもスマホの前で沈む顔をする狛枝君がありありと目に浮かんだ。
 本当はここで狛枝君を糾弾してしまいたかった。狛枝君が誘わなかったらこんな目に合わなかったのに。遊び半分でこんな危険なことを持ち込んでくるから。でも、そんなことは到底言えない。だって彼が遊び半分で持ち込んできたのと同様に、私だって遊び半分でその提案に乗っかったのだ。私も同じくらい悪い。
『乗っかった私も悪かったから。自分だけ責めないで』
 そう送ると、既読がすぐについたが、しばらく返信は無かった。でも少し間を空けただけで、また返信が来る。
『今、ひとりかくれんぼの終わらせ方を調べてるから。絶対に見つけるから待ってて』
『分かった。待ってる』
 そう返信してスマホをスリープさせる。
 狛枝君が終わらせ方を探してくれると言った。それなら私はそれを信じて待つだけだろう。どうせそれしか今の私には出来ないのだから。
 いつの間にか、襖の外からは声も音も聞こえなかった。一瞬だけ、今のうちにここから出て塩水を取りに行こうか、なんて気持ちが鎌首をもたげるが必死にその気持ちを無視する。
 狛枝君を信じるべきだ。
 それだけを考えて私は目を閉じた。