私はすかさずタイに近寄る。トレジャーバッグからまだ零れ落ちていなかったオレンの実を探し出すと、タイに差し出した。
「いたたた……。ごめんね。今回のボク、なんにも役に立てなかった」
私は首を振る。
仕方なかった。地面タイプに電気タイプはどうあがいても不利だ。タイのせいじゃない。
「あはは、そう言ってくれると嬉しいや。でも、はすごいよ。本当に一人でグラードンを倒しちゃうんだから」
そう言って立ち上がるタイ。痛いところは無いかと支えようとしたが、オレンの実の応急処置のお陰でなんとか大丈夫のようだ。
「ってあれ? グラードンが居ない?」
私も振り返る。本当だ。倒れていたはずのグラードンが居ない。
まさか起き上がってどこかから奇襲を。そう思って身構えるが、その構えを解いたのは優しげな声だった。
「あれは本物のグラードンではありません。わたしが作り出した幻なのです」
声の持ち主の姿は無い。声もどこかから聞こえてくるという訳でもなく、直接頭の中に聞こえてくる。まるでテレパシーのように。
「わたしは此処を守る者。この先を通す訳にはいきません」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
否定的な声にタイが慌てて声を上げる。
「ボクたち、悪いことをしに来たんじゃないよ! ただ、確かめたいことがあって」
「……確かめたいこと?」
「ホントだよ! そりゃ、ボクたちは探検隊だから、来たからには宝とかもらえた方が嬉しいけど……。でも、それが悪いことになるなら全然いらない! それにボクはここまでこれたことが嬉しいんだよ! お願い! 信じて!」
必死の訴えに声の主は黙る。
そしてしばらくの沈黙の後、再度頭に声が響いた。
「……。分かりました。あなた達を信じましょう」
顔を見合わせる。やったね、とタイが笑う。
そして一瞬の閃光。目がくらむもそれもすぐで、ようやく前が見えるようになったと思えば、そこには一匹のポケモンが。
「初めまして。わたしはユクシー。霧の湖の番人です」
「えっ、ユクシー!?」
「ええ。わたしは霧の湖である物を守る使命を司っているのです。どうぞこちらへ」
そう言ってユクシーは進みだす。私たちもその後を追う。
進めば進むほどあたりが少しずつ暗くなっていった。あの幻のグラードンが無理矢理太陽を出していたので分からなかったが、既に夜になっていたのだ。
「辺りがすっかり暗くなってるよ」
「もう夜ですので。少し見づらいですが……。ご覧下さい。ここが霧の湖です」
そう言って指し示された先。その先には絶景が広がっていた。
「わぁあ……」
タイが思わず驚嘆の声を漏らす。
美しかった。
空を飛び交うイルミーゼやバルビートの光に照らされた湖面が、至る所で夜だというのにきらきらと耀いている。
雲が少し差し掛かった月はほんのりとその明るさで湖全体を照らし出していた。
ここが霧の湖なのか。
多くの探検隊が破れていった秘境。その全貌が私たちの目の前に広がっていた。
「すごい……。こんな高台にこんなにも大きな湖があるなんて……」
圧巻。そう言う言葉では言い表せないほどの景色。
「此処は地下から絶えず水が湧き出ることで、大きな湖になっているのです」
ユクシーがそっと指を指す。その先には湖の中心で光り輝く何かがあった。
「湖の中央に光っているものが見えますでしょうか?」
私とタイは頷く。
青緑にぼんやりと光る何か。あれはいったい何なのだろう。
「前に行ってよく見て下さい」
私たちは湖の際まで歩いていく。
どくり。
何故だか心臓が跳ねた。
どくりどくり。
あの何かを見るたびにドキドキする。なぜだろう。この胸騒ぎは。
「すごく綺麗だね! だけど……。なあに、あれ。なんか不思議な感じがするよ」
「あれは、時の歯車です」
時の歯車。
確かにユクシーはそう言った。
「え、ええっ!? あれが、時の歯車!?」
「そうです。あそこにある時の歯車を守るために、わたしは此処に居るのです」
ユクシーは続ける。
「これまでにも此処まで侵入してきた者が居ましたが……、その度にグラードンの幻影で追い払ってきたのです」
「あのグラードンのこと? あれが幻ってどういうことなの?」
「念力で生み出した幻なのですよ。このように……」
私たちの背後に突然グラードンが現れる。私たちは飛び上がるようにして後ろに下がるが、グラードンは微動だにせず襲い掛かるようなことは無かった。そして、ちかちかと点滅する。
「驚くことはありません。先ほども申しましたが、これはわたしが作りだした幻なのです」
タイが肩をなでおろした。天敵ともいえる地面タイプの出現は彼にとってトラウマなのだろう。
それにしても、あれだけの強さを誇って正体が幻だなんて……。伝説のポケモンは冗談のように強いのだろうか。もし本物と出会ってしまえば……、なんて考えて震える。願わくば出会うことも、なんなら戦うことだって御免蒙りたい。
「貴方達のようにグラードンの幻影に打ち勝ち、此処に到達する者も居ましたが……。そうした者たちにはわたしが記憶を消すことによって、わたしは此処を守り続けてきたのです」
記憶を消す。その言葉にタイが反応する。
「ねえ、ユクシー。その記憶を消すってことなんだけど……」
タイが私を見た。釣られるようにユクシーも私を見つめる。
「ここにいるのはって子なんだけど……、元々はニンゲンだったんだって」
「えっ? ニンゲン?」
「うん。でもそのニンゲンだった時の記憶は無いんだ。だからもしかしたら、は以前ここでユクシーに出会って……、その記憶を消されたんじゃないかって、そう思ったんだけど……」
ユクシーは首を振った。
「……いえ。そのさんという方も、ニンゲンも此処に来たことは一度も無いです。それにわたしが消すのはこの霧の湖に来たという記憶のみ。すべての記憶を消すという力はわたしにはありません。ですので、さんが記憶を失い、ポケモンになってしまったのは、また別の原因なのではないでしょうか」
そう……なのか。
結局消えた記憶への手掛かりはまた振出しに戻ってしまった。
「そっかあ。ユクシーに聞けば何かわかるかと思ったんだけど……。上手くいかないね」
顔を見合わせて私たちは苦笑する。その時
「ときのはぐるまかぁ、ざんねん」
場に似合わない明るい声が聞こえた。
というか、この声の持ち主は……。
「ときのはぐるまはさすがにもってかえっちゃ、ダメだもんねっ」
「ゆ、ユウ!」
おやかたさまだ。この上なく、おやかたさまだ。
そういえば、おやかたさまのことを私たちはドクローズと一緒にしたまま置いて行ってしまったのだけれど、おやかたさまは傷一つ無くピンピンしている。何事もなかったのか、それとも返り討ちにしたのか。……いや、これ以上考えるのは止そう。
「この方は?」
「ボクたちのギルドのおやかただよ」
「プクリンのギルド……。お名前はこの霧の湖でもよく聞きますね」
「ほんと? わ~い! ともだち、ともだち~」
おやかたさまは辺りを見渡してはしゃぐ。
「それにしてもすばらしいけしきだよね~。きてよかったよ、ルンルン」
えっと……、おやかたさまがここに来たということは、
「やっと着きましてよ!」
「ぐ、ぐぐぐ、ぐ、グラードンでゲスぅ!?」
「ぎょえ~~~~~っ!?」
「キャー! ほ、本当ですっ!」
「へ、ヘイ! おいら食べてもまずいぞ! 食わないでくれぇ!」
……そりゃ、そうだよね。みんな居るよね。点滅してると言えど、伝説のポケモンなんて見たら、誰だってビビっちゃう訳で。
ユクシーなんて目をまんまるさせて驚いてる。一気に騒々しくなっちゃったから。
あーあ、神秘的な空気が台無し!