昇れば昇るほど、聞こえていた音。
その音が分からないまま、私たちは頂上に辿り着いた。
張りつめていた空気が変わったのが分かる。体中の皮膚が逆立つような感覚。脳がここに居るべきでないと危険信号をひたすらに発している。
「なんだろう、途轍もなく危険な予感が……」
タイがそう零した瞬間、怒号のような大きな声が響く。
今まで聞いたどの音よりも、大きく鮮明に、そして近くに聞こえた。
「やっぱり、あれは鳴き声だったんだ!」
その声をかき消すようにまた怒号が響く。
声が先ほどよりも大きくなった。……いや、違う。大きくなったんじゃない。近くなったんだ。さっきの位置よりもこの声の主はこちらに近づいてきている!
「な、何かが、近づいてくるッ!」
地面が大きく揺れる。ズシン、ズシンと振動は何度も繰り返されて、そして止まった。
「あれは石像の!」
石像のポケモン。
グラードンが私たちの目の前に現れた。
「お前達……、ここを荒らしに来たのかッ!」
「荒らすなんてそんな! ただ、霧の湖に行きたくて……」
「霧の湖だと!?」
グラードンは大きく体を揺らす。戦闘態勢に入ったのだ。
「我が名はグラードン! 霧の湖の番人だ! 侵入者は、生きては返さん!」
グラードンの背中越しに強い光が煌めく。
太陽だ。雲一つない青空が、その光を阻害することなく、太陽は燦々と照り輝いていた。
日差しが強い。
水タイプで潤っている筈の自分の肌が少しずつ乾いて行く。これでは水技なんてまともに通らないだろう。
地面が揺れた。
あまりに大きな揺れにバッグの中身がいくつか転がり落ちる。
先ほどとは違う、敵意を抱いたその揺れが私たちを襲った。
地面技!? タイには相性が悪すぎる!
「うわぁ!」
抜群の技を食らって、地面に倒れこむタイ。土塗れになったその顔は苦悶の表情で歪んでいる。
ダメ元で水鉄砲を放つが、グラードンに届くよりも前にその水量は減っていく。あまりの暑さに蒸発したのだ。
勢いの減った水鉄砲にグラードンはビクともしない。
こちらの攻撃は効かない。でも、あちらの攻撃はタイには効果抜群だ。
圧倒的不利な状況下で、私には瀕死のタイを庇いながら戦うのは難しい。だから、タイが完全にやられてしまう前にこのグラードンを倒さなければならない。でも攻撃が通らない現状、実際問題グラードンに打つ手がない。
どうしよう。このままやられて、ここで終わりなのか?
歯を食いしばる。
嫌だ。こんなところで、終わりたくなんかない。ユクシーに会いに行こうと笑うタイの顔が脳裏にちらつく。会いに行かないといけない。黙ってた私のことを信じてくれる彼のためにも。こんなところで止まってなんかいられない。
考えろ。考えろ考えろ考えろ!
揺れる地面に零れ落ちたアイテムが転がって、コツンと私にぶつかる。転がってきたタネや不思議玉。ここまで登ってくるのに拾ったアイテムたちだ。
これをなんとかして使えないだろうか……。
転がってきたそれらを拾う。これをまず最初に使って、それで……。よし、これならいける。
「グ……。何を使っても、我は倒せんぞ!」
グラードンが大きく口を開いた。
今だ! 手に持っていたタネを開いた口の中目掛けて放つ。弧を描いて宙に舞うタネは、グラードンの口の中に無事吸い込まれていく。ごくり、とグラードンの喉が動いた。飲み込んだ。
途端、グラードンの体が何かに縛られたかのように硬直する。
縛られのタネ。食べたポケモンを硬直状態にさせるタネだ。これのお陰で、グラードンはしばらくの間動けないだろう。でも、いつ復活するかは分からない。私は大急ぎで足元に転がっている玉の一つを拾い上げて、天に掲げる。
一瞬の発光の後、掲げていた玉が空気に溶けて消えていった。その少し後、自分の体に冷たい何かがぶつかりだす。
雨だ。雨が降り始めたのだ。
「雨、だと……!」
そう。私が掲げたのは雨玉。雨を降らす効果を持つ。
日照りのせいで私の技が通らないのなら、その天候自体を変えてしまえば良い。中でも、自分の水技が強化される雨なら、もっと良い!
私は水の波導を繰り出す。グラードンがまだ動けないことを良いことに一発、二発。三発。倒れないのなら、倒れるまで。PPが枯れようと打つつもりだった。
地面タイプのポケモンに、雨の中での水技は苦だろう。最初の一、二発は平然と受けていたグラードンも、四発目あたりから顔を歪ませる。
「グ、グォォオオオッ! 伝説のこの我が……!」
そして、自分でもいくら打ったか分からなくなってきたころ。身体を大きく逸らしたグラードンが倒れ伏し、そしてそのまま動かなくなった。