濃霧の森で霧の湖を探索し始めてしばらく。
「あれ、なんだろう」
タイが前方に何かを見つけたようで駆け出す。なんだなんだと自分も見て見れば、どうやら石のような何かが落ちているようだ。しかもそれは普通の石ではなく、まるで宝石のように光り輝く赤い石だった。
タイはその赤い石を拾う。
「この石、あったかい。石の中から熱を出しているような、不思議な感じ。溶岩でもなさそうだし……なんだろうね」
溶岩だったらそもそも持てない気がするが……。野暮なツッコミは入れないことにした。
タイはその拾った石をバッグにしまうと、にっこりと笑う。
「珍しいから、とっておくよ。それじゃあ、先に進もう!」
タイはそう言って歩みだす。
赤い石。一体何なのだろう。霧の湖の探索に関わるものなんだろうか……。分からない。でもきっと何か意味があるんだろう。なぜだかそう思った。
それからずっと森を探し続けるも、湖らしきところは全く見つからない。
滝のように水が所々から流れ落ちる場所は辿り着くが、その水が湖を形成しているわけでもなく……。結局何も見つからないままだった。
「すごいねえ! 絶景だよ! ……でも、どのあたりなんだろうね、ここ。……ここが森の一番奥なのかなあ」
タイがそう呟くが、私にもわからなかった。だってあんまりにも霧が濃い。あまりの濃さに気を緩めてしまえば、自分たちがどっちから来たのかさえも分からなくなってしまうほどだった。
それにしてもすごい絶景だ。大きな音を立てて水が落ちてきている。一体何処からこんな量の水が……。そう思った時、遠くから声が聞こえた。
「ヘイヘーイ!」
この特徴的な掛け声は……、ヘイガニのリーシュだ。
「あっ、リーシュ!」
「ヘイヘーイ! 何か手がかりとかあったか?」
「いや。まだ何も……」
「おいらの方もさっぱりだぜ……」
リーシュの方も湖をまだ見つけられていないらしい。
そもそも多くの探検隊が挑んでは見つけられなかったのだから、そう簡単に見つかることはない、と思われるが、ここまで難しいとは……。
「でも、ちょっと気になるものがあってよ」
リーシュの言葉にタイが反応する。
「気になるもの?」
「あれを見てくれよ」
リーシュが来た方向へと戻る。私たちも進んでみればその全容がようやくわかった。
「な、なにこれ! ポケモンの像なの?」
「おいらもわからねえ。ポケモンの石像なのはわかるが……」
「一体何のポケモンなんだろう……」
霧によって隠れていた大きな像。
威圧感さえも感じるその像は地面に埋もれるようにそこにあった。
「あれ、ここに何か書いてある? 足型文字だ。ボク、読んでみるよ」
そしてタイが読み上げる。
グラードンの命灯しき時、空は日照り、宝の道開く也。
「宝の道……だって!?」
バッとタイが私に振り返る。
「! 宝ってもしかして霧の湖にある宝のことかな!? 宝の道が開く……ということは、もしかしたら……、霧の湖に行く謎がここに隠されているのかもしれない!」
「ほ、本当か!?」
タイの目はキラキラと輝いている。宝という心躍る言葉の上に、未知ともいわれた霧の湖に行く術が分かるかもしれないのだ。その高揚も分かる気がする。
「この、グラードンの命ってなんだろう?」
単純に考えるなら、このポケモンの名前がグラードンなのかもしれないけれど。それにしても命を灯すという所が謎だ。灯す、というのは何を指しているのか。それが全く分からない。
「そうだ! ねえ、! この石像に触ってみてよ! なら、何かわかるかもしれない!」
……盲点だった。
もし、これが霧の湖に行く道なのなら。そして自分の過去を紐解くためのカギがこの石像にあるのなら。
やってみる価値はある。
そっと、石像に触れる。
石像を撫でる。普通の石の感触だ。そう思っていると、突然酷い眩暈に襲われる。アレだ。アレが来たのだ。そして、目の前がスパークする。
「そうか! ここに、ここに……があるのか!」
「なるほど。グラードンの心臓に日照り石を嵌める。それで霧が晴れるのか! 流石だな! 流石はオレのパートナーだ!」
目の前が石像に戻る。
今のは、一体……。今まで見えてきたものとは少し違う。今回は声しか聞こえなかったし、あの声が誰の声なのかも全く分からなかった。
なのに……。あの声が、あの声に酷く心惹かれている自分がいる。どんな声なのか印象すら残らなかったのに、あの声のことが気になって仕方がない。忘れてはいけなかった。そんな気が……。
「、大丈夫? なにか見えたの?」
見えた訳じゃない。
あの声が言っていたこと。グラードンの心臓に日照り石を嵌める。それで霧が晴れる、だったっけ。
日照り石ってなんだろう? 石像の胸部分に小さな凹みがあることに気が付いたが、その日照り石がわからない。
とりあえず、聞いたことをそのままタイに話してみることにした。
「日照り石? うーん……。……あ、そういえばここに来る前、拾った赤い石があったよね」
ごそごそとバッグからその赤い石を取り出すタイ。
「これが日照り石なんだとしたら?」
そう言って胸のくぼみに赤い石を嵌める。斜めになっていたお陰か、案外楽に入れられたようだ。そして、その赤い石がピタリとはまった。
「え?」
そして石像の目に赤い光がともる。
地震のような揺れ。その震源が石像から発せられていることが分かると、誰からともなく「逃げよう!」という言葉が出た。
慌てて逃げるもどんどん強くなっていく揺れ。バランスを崩して地面に体が打ち付けられる。
一体、何が起こってるの?
揺れと共に何かが光りだす。その光は段々と強さを増して、もう目も開けられなくなったころ、いきなり光が消えた。そして揺れも同時に消えている。
眩しい。もう光っていないのに、何故だろう。
「は、晴れてる……」
タイが呟いた。その言葉に私も気が付く。霧が、晴れている。
光が消えてもなお眩しいと感じたのは、霧が消え、太陽がここを照らしたからなのか。空は日照り、石像の通りになったのか、私の目に映ったのは限りない晴天だった。お日様が眩しい。
……え? なんだろう、あれ。
空を見上げた私はソレに気づく。遅れてタイも見上げて気が付いた。
「あっ、あれは!」
「な、なんだよ、あれ……?」
リーシュは口をポカンと開けていた。自分もきっとそんな状態だったんだろう。
だって、こんなの予想が付くはずがない。
「霧の湖が見つからなかった理由……。そう言う事だったんだ……。ボクらも見つからずに右往左往するわけだよ……」
「じゃあ霧の湖はあそこに存在するっていうのか!?」
「うん。霧の湖は、きっとあの上にあるんだ!」
何処からともなく流れ落ちてくる水の謎。多くの探検隊が挑み、敗れていった霧の湖。
その答えがそこにあった。
霧の晴れたその先。細い一本の柱だけを頼りに、空に浮かぶようにしてその土地はあったのだ。