「や、やっと……、ベースキャンプまで到着したでゲスゥゥ~!」
ツノ山を越えて、またしばらく歩いて行った先。
ようやくたどり着いたベースキャンプに、どこにそんな元気を残していたのか、エリクは全速力で設営されたベースキャンプへと走っていく。私たちもその後を追うと、怒号が私たちを迎えた。
「遅いぞお前たち! 他のみんなはもうとっくに到着しているよ!」
さすが先輩たち。私たちよりずっと先にベースキャンプに辿り着いていたらしい。ベースキャンプの周りでみんな疲れなど感じさせないくらいに楽しそうに話している。
私はベースキャンプの周りを見渡した。……なぜだろう、デジャヴを感じるのだ。それも強烈な。
「さあさあ、早く荷物を置いて。これで全員揃ったし、さっそく作戦会議をやるよ!」
ウタの掛け声にエリクも、先に着いていたみんなもウタの後を着いていく。
でも、私は突然襲われた感覚にその場から一歩も動くことが出来ない。
「ん? ……、どうしたの?」
不思議そうなタイの声。でもそれに返答する気も起きない程、私はこの感覚に囚われている。
なんなんだろう。この感覚は。
分からない。分からない筈なのに、自分はこの場所を知っているような感覚。デジャヴ。
自分は……、この場所を知っている。
記憶も何もないけれど、なぜかその自信だけはあった。
ここに来たことがあるのだろうか。もしかしたら、記憶失う前の自分と何か関係が……。
「モタモタしてないで早くしてくれー!」
「ウタも言ってる。早く行こうよ、」
来ない私たちを訝しんだのか、こちらまで戻ってきたウタの声と、それに対するタイの声でようやく私は我に返る。そして、遅れてしまったことをウタに謝りつつも走る。
全員が集ったところで、ウタがコホンと咳をする。
あたり一面は白い霧に覆われていて、ウタの姿は少し見づらい。とても霧が深いが、これが霧の湖と呼ばれる所以なんだろうか。
「えー、という訳で、皆無事にベースキャンプにこれたようだし、これより霧の湖の探索を行う。
見ての通り、ここは深い森に覆われている。そしてこの森のどこかに霧の湖があるらしいのだが……。今のところ噂でしかない」
私は驚く。
霧の湖、という名前が付いている以上、どこかに湖があるのだと思っていたけれど、噂の範疇にしか過ぎなかったのか。
本当にこの霧の中に湖が存在するのか、ないのか。そういう謎も含めて、この霧の湖は未知と言われる場所なのかもしれない。
「これまで多くの探検隊が挑戦してきたが、まだ発見されていないのだ」
みんなはざわついた。
多くの探検隊が探しているのに見つからない湖。そんなものが本当に存在するのか。みんな未知への憧れや夢を語っているが、チリーンのメイが語った話を聞くと、みんな一瞬にして静かになった。
その話とは、メイがここまで来る途中で聞いた伝説だという。
「霧の湖にまつわる伝説で……、なんでも霧の湖にはユクシーという珍しいポケモンが住んでいるそうです。そして、そのユクシーには……。目を合わせた者の力があるそうで」
私はハッと息を呑む。
記憶を消すポケモン。私の無くなった記憶。どこか見覚えのあるこの場所……。関係が、あるんだろうか。
「なので、もし霧の湖に訪れた者がいても、ユクシーによって記憶を消されてしまい、湖の存在を伝えることが出来ない……。ユクシーはそうやって霧の湖を守っていると。そういう伝説が残っているそうです」
そう彼女が語り終えると、しばらくの沈黙が流れた後、エリクが震えた声で呻いた。
「ちょっと……おっかない話でゲスね……」
エリクのその言葉を皮切りに、みんなも話し始める。でも、その声がわざと明るく振舞って聞こえるのは私の考えすぎだろうか。
再度ウタが咳をする。みんながまた静かになった。
「まあ、こういった場所には大抵言い伝えや伝説が残されているものだ。そして、我がギルドはこれまでもそういう困難を乗り超えて探検してきたのだ」
「その通りですわ!」
「それこそがおやかたさまのギルドが一流とされる所以だからな」
みんなの目線がおやかたさまに集まる。
おやかたさまは先ほどの恐ろしい伝説も、集まった目線も気にすることなく、陽気に「がんばろ~」と笑っている。この豪胆さが一流なのだろうか。よくわからないが、その様子にみんな元気を得たようで、さっきとは打って変わって霧の湖探索へのやる気を出し始めていた。
その様子にウタは頷き、霧の湖探索への号令を出す。
号令と共にみんなは森の中へと走っていく。
「見つからない伝説の湖かあ……。ワクワクするね!」
私はタイの言葉に頷きを返すが、正直それよりもあることが頭の中を占めていた。
記憶のことだ。
自分はなぜかこの場所を知っている。そして記憶を消すユクシーというポケモンの伝説……。偶然と言えばそれまでだが、もしかすれば、記憶をなくす前の自分がここに来たことがあって、そしてユクシーに出会い、記憶を消された……。
そういうストーリーがあってもおかしくない。
「ねえ、? さっきから何ぼーっとしてるの? らしくないなあ」
タイの不思議そうな顔が私の顔を覗き込む。
私は頭を振る。
記憶のことは分からない。でも、自分の記憶につながるカギがここにはあるのかもしれない。
霧の湖。
そこにいけば、何かが分かるのかもしれない。
「行こう」
タイが先に進む。私もそれを追う様に歩きだした。