ある日の夕飯。みんながご飯にありつこうとするその瞬間、ウタが大声を上げた。
「ちょおおおっと待ったぁあああ~!」
突然の大声にみんなの動きが止まる。何事かと振り向けば、ウタはコホンと咳ばらいを一つ。
「えー。今日は夕飯を食べる前に、みんなに聞いてほしいことがある」
なんだか長そうな前置きに、みんながぶーぶーと声を上げる。早くご飯食べたいとか、お腹が減ったとか。私ももうお腹がペコペコだ。だけど、ウタは静粛に!と言ってみんなを黙らせた後、再度咳払いをした。
「みんなも気になる遠征メンバーの件だが、おやかたさまは先ほど決断されたようだ」
食堂がどよめく。先ほどまでのブーイングは一気に驚嘆の声へと変わった。
「メンバーの発表は明日の朝礼に行う。楽しみにしておいてくれ」
そしてウタがいただきますの号令をして、ようやくみんながご飯を食べだす。でもみんな和気あいあいと笑いながら話をして、遠征メンバーに選ばれていたらいいね、とか、そんな話をしまくっていたからか、いつもよりも食べるのが遅れてしまって、みんなでウタにお叱りを受けてしまうのだった。
「明日がいよいよ遠征メンバーの発表……。なんだかドキドキしてきたよ」
所変わって私たちの部屋。
ベッドに寝転がりながらタイは夢見心地で呟く。
「まあ、ボクたちはウタの言う通り、望みは薄いかもしれないけど……。でもボクらその前もその後もいっぱい頑張ってきたもんね。それで落ちたとしてもボク、悔いは無いよ」
そうだ。私たちはいっぱい頑張ってきた。それでもし落ちたとしても、私たち以上に頑張ってきた人がそれを評価されたということだ。それなら、私たちは落ちてもその受かった人を祝福してあげるべきだろう。前にアリスが言っていたように。
「眠くなってきちゃった。今日はもう寝ようか。おやすみ」
おやすみ。
私はそう返して、ベッドに丸くなる。
悔いはない、か。タイの言葉を脳内で繰り返す。でも、遠征メンバーから落ちたら、タイはやっぱり落ち込むんだろうな。
ギュッと手を握る。
あんなに頑張ってきたんだ。タイは遠征に行かせてあげたい、と思ってしまうのは同じチームとしての贔屓なのだろうか。それに、もし私たち二人が行けたとしたら、その時は、あの眩暈の能力も役立つかもしれない。
そう思って気が付く。最近、あの眩暈が起きていないことに。
役立つ能力だとは思うけど、自分の意志で起きたりとか、自分の見たいときに見れないのがもどかしい。
……。なんだか考えすぎたせいか、眠れなくなってしまいそうだ。明日は発表なのだから、もう寝よう。
おやすみ、タイ。明日、選ばれるといいね。
私は夢を見る。
青く光り輝く歯車。それを見て誰かが感嘆の声を上げた。
「あったぞ……! これで二つ目だ。……必要となる時の歯車は、残りあと三つ」
そういうとその誰かはすぐさま去ってしまう。その手に時の歯車と呼ばれたモノを抱えたまま。
そして時が止まった。
「おやかたさま、メモを」
ウタがおやかたさまからメモを受け取る。あのメモに遠征メンバーの名前が書かれているのだと思うと、謎に緊張に襲われる。
「名前を呼ばれた者は前に出るように」
私は祈るような気持ちで目を閉じた。
別に私は選ばれなくてもいいから、どうかタイは選ばれていないだろうか。
どんどんウタが名前を読み上げて、みんな前に出ていく。
まだ、タイの名前は呼ばれない。
みんなの歓声の声でかき消されそうな中、必死にウタの声に耳を澄ます。
選ばれていますように……。
「……以上で、遠征メンバーは……」
ウタが名前の読み上げを終える。
タイの名前はそこにはなかった。私は咄嗟にタイに振り返る。タイは悔しそうな顔をしてそこに居たけど、遠征メンバーへの拍手だけは忘れていなかった。私は唇を噛みしめる。
選ばれなかった、かあ。分かっていたけれど、悔しいなあ。
ククク、と笑い声が聞こえた。そちらを振り返るまでもない。アイツらだ。
今分かった。リンゴの森で、私たちの邪魔をしていたのはこの遠征メンバーに落選するように仕向けたつもりだったんだろう。その後、セカイイチをおやかたさまに届けたのはよくわからないが、まあ粗方媚売りぐらいだろうか。
まんまと此奴等の策中にハマってしまった。それが悔しくてたまらなかったけれど、此奴等に負けてしまったのも自分の実力不足だ。悔しさを飲み込んで、おめでとうの拍手をしようとしたその時。
「なんだ……まだ続きが……」
必死に目を凝らしてメモを確認するウタ。どうやらまだ続きがあったようで、タイと私は顔を上げる。
「他には……タイと! 以上……って」
ウタが驚いている。だって私たちを含むということはギルドメンバー全員が選出されたということだからだ。
でも、それ以上に私たちも驚いていた。選ばれていた。その事実が、信じられなくて。
「や、やったぁ~! 選ばれたんだよ、ボクたち!」
「お、お待ちください、おやかたさま。全員となると、ギルドに残るものが居なくなります。それに、遠征に行くには少しメンバーが多いと思うのですが?」
慌てた様子のビル。私たちが選ばれていたことが不満なのだろう。紳士的な口調のくせに、憤慨した表情は隠しきれていなくて思わず吹き出す。
「ちゃんととじまりするからだいじょぶ! それにね、ぜんいんでいったほうがたのしいでしょ!」
「ひえっ?」
理解できない、というその顔があんまりに可笑しくて、タイと顔を見合わせて笑う。おやかたさまは何を考えているか分からないお方。ウタの言葉を思い出す。そんな人をビルなんかが御することが出来るはずがない。可笑しいの。
「仕方ない、この後遠征でのチーム分けを行う。それまでに準備を済ませておくこと! いいね!」
は~い! とみんないいお返事。
解散を告げられた後、みんなが集まる。
「みんなで行けますわよ遠征!」
「流石はおやかたさまですね!」
「ボク、ボク、選ばれないって思ってたから、すっごく驚いたよ! 諦めないでよかった!」
あはは、とみんなで笑い合う。
落ちても祝福をする。そんな優しい心を持ったみんなが、誰一人欠けることもなく遠征に行けるのがこんなに嬉しいなんて思っても居なかった。
「さあ、準備しますわよ!」
その言葉に張り切りすぎてズッコケたエリク。みんなで笑って、遠征の準備を始めた。
目指すは未知の霧の湖。きっとこのギルドのみんなとなら、絶対楽しいよね。