そのあとのことはあまり、覚えていない。
おやかたさまとウタがビルに感謝を述べていたこと、ビルがまるで別人のように紳士らしく振舞っていたことはうっすらと覚えているが、どのような会話をしているのかまでは分からなかった。
空腹でもう頭が回らなかった。ただ、ビルのあくどい笑みが一瞬だけ、こちらに向けられたことだけはハッキリと覚えていた。
「あーあ、今回もスカタンクたちにやられっぱなしだったね……」
愚痴のようにタイが呟いた。
悔しい。それは私とタイの胸中に渦巻く感情だった。でも、それよりも空腹感が勝って頭が働かない。
「今日は起きてるの辛いから、もう寝るね。おやすみ、。また明日頑張ろうね……」
明日こそはお腹一杯ご飯を食べたい。そう思いながら眠りにつく。
皮肉なのか、今日の夢は食べきれないほどのご飯に囲まれる夢だった。
朝礼では近々遠征メンバーの発表があることが告げられた。そして、朝礼の直後、ウタに呼ばれ、私たちは遠征メンバー落選の確立が高いことを告げられる。
「ど、どうして!」
タイは今にも泣きそうだ。
でも、ウタの言いたいことも分からないわけじゃない。だって私たちはおやかたさまの信頼を落としたようなものと同じことをした。そんな私たちがおやかたさまに選ばれることなんて限りなく低いんだろう。
「おやかたさまはあのように一見何を考えているか分からない方だが、内心ははらわたが煮えくり返っているに違いない。だから、遠征メンバーに選ばれるのもないと思っていた方が良いだろう」
期待はするなよ。と言い残してウタは持ち場へと戻っていく。
残された私たちは立ち尽くすしかなかった。
お腹も減っていて、目標としていた遠征も望み薄。こんな状態でどうやって頑張れというのか。
「お腹が空きすぎて力が出ないのに……、あんなこと言われちゃったらもうやる気が……」
うなだれるタイ。私も同じ気持ちだ。
こんな状態で依頼をこなすも何も……。
「ねえ」
え? 今、どこかから声が。
「こっち、こっち。こっちでゲスよ」
この特徴的な口調は……。
「エリク!」
そうだ、ビッパのエリクだ。思わず大声を上げたタイに、エリクが慌てて静寂を促す。
「もっと小さい声で話すでゲス」
何を一体、そんなこそこそとしているのだろう。状況が飲み込めない私たちに、エリクはただついてくることだけを指示した。
連れてこられたのは弟子の部屋。そこにはエリクのほかにも、キマワリのアリス、チリーンのメイが揃っていて。みんなの間には昨日のご飯がそこにあった。
「え……?」
「お腹、空いているでしょう?」
「みんなで夕飯を少しずつ残しといたんでゲスよ」
み、みんな……。私たちのために、こんなことを……。
感動で動けない中、アリスが笑った。
「さあ、早く食べて! 見張りは私がやっておきますわー!」
潤む視界の中、みんなに一人ずつお礼を言ってご飯を食べる。
美味しい。美味しくてたまらないのに、涙がボロボロと零れて箸が進まない。
「ふふ、困った時はお互い様ですわ」
「食べて力をつけて、頑張ってみんなで遠征メンバーに選ばれるでゲスよ!」
「……でも、さっきウタが。ボクらは遠征落ちるかもって……」
しゅん、とタイの耳が下がった。
「そんなのまだわかりませんよ!」
「まだメンバーは決まっていませんもの!」
「……みんな。励ましてくれてありがとう。でも……」
タイは言いにくそうだ。
でも、みんなはその言葉の続きを待つように黙っててくれた。
「でも、みんなも遠征に行きたいんだよね? もし、ボクたちが選ばれたら、代わりに誰かが落ちちゃうかもしれないんだよね? それでもいいの?」
「良くないですわ」
アリスが言い切った。
「勿論、誰かが選ばれたら、それは誰かが落ちるという事なんですけど……。でも、それはその時!」
「今度は選ばれた方を応援すればよいだけのこと!」
「みんな、タイやと一緒に遠征に行きたいんでゲスよ」
そう言ってみんな暖かく微笑む。
胸を打たれたようだった。
だって、私今まで、自分たちが遠征に行きたいって、そればっかり考えてた。でも、みんなは、自分が落ちても、受かった人を祝福してあげようって、遠征メンバーに選ばれる選ばれない関係なしに、私たちと遠征に行きたいって、そう考えてくれてて……。自分が恥ずかしかった。
「ったら、目が腫れてますわよ。女の子なんだから、気を付けないと」
優しく瞼を拭いてくれる。
私はその恩を返したくって、でも、その恩を返すなら、このみんなが集めたご飯をまずは食べることなんだと思って、勢いよくご飯に齧りついた。
突然の勢いの良さにみんな呆気に取られて、でもすぐに大笑いに変わる。
「って食い意地貼ってるんでゲスねぇ」
「そうだよ。はね、結構大食いなんだか……ぐふぅ!」
ついでにタイの横腹を殴っておいた。みんな笑った。