体をゆすられている。
未だ痛む頭を押さえながら立ち上がると、心配そうにのぞき込むタイがそこに居た。
あれ、なんかこれつい最近も見たことあるな。そういう風に関係のないことを考えてしまう私の頭はまだ麻痺しているのかもしれない。
「! 大丈夫?」
切羽詰まったタイの声にゆっくりと頷く。そうやって緩やかに頭を動かさないと、頭の痛みに響きそうだった。
「よかった……」
そういえば、私は何をしていたのだっけ。ウタにセカイイチを取ってきてほしいと頼まれて、リンゴの森の奥地へと向かって……。そこでドクローズに出会って……。そうだ。セカイイチは!
思わず勢いよく辺りを見渡すと、ぐわんぐわんと頭が痛んだ。揺れる視界をなんとか元に戻すように顔を覆うと、「まだ無理しちゃダメだよ」という心配そうなタイの声。また心配させてしまった。ごめん、と謝れば、首を振られる。気にしないで、ということだろう。ようやくまともになった視界で、私はパチパチと瞬きをする。
「セカイイチは無くなったみたいだよ……」
そうだろうな、と思った。私たちが気絶している間、ドクローズたちが持ち去ったか、全て食べつくしてしまったんだろう。
「ないものはしょうがないよね……。仕方ないよ、ギルドに帰ろう」
沈んだタイの声。
初めて依頼を失敗した。その事実は帰る私たちの背に重くのしかかっていた。
「ええ~っ!? 失敗しちゃったの~っ!?」
慌てるウタの姿。何度もどうしよう、どうしようと繰り返す彼の姿に、私たちは頭を下げるほかない。
「仕方がなかったんだよ。だってドクローズが」
「お黙り! 言い訳は聞きたくないよ!」
ぴしゃり、と言われたその言葉に、タイの耳がしょんぼりと落ちる。
確かにドクローズのせいではあった。でも、だからといって、私たちが任務を失敗したという事実は変わらないのだ……。
「……仕方がない。お前たち、とりあえず今日は夕飯抜きだよ!」
思わず顔を上げる。
夕飯抜きだって!? そんな殺生なことあるか!
タイも抗議するが、ウタの「仕事が出来なかったんだ。そのぐらいは我慢しな」という言葉に引き下がる。
「泣きたいのはこっちだよ! ワタシはこれから今回のことを……、おやかたさまに報告しなきゃならないんだよ! そしてそれを聞いたおやかたさまは……きっと……!」
ウタは震えあがる。本気で怒ったおやかたさま。それはどれだけ恐ろしい姿なんだろうか。
「おやかたさまには夕飯の後、報告しにいく。その時はお前たちも一緒についてこい」
私たちは顔を見合わせる。確かに失敗したけれど、私たちもおやかたさまに失敗報告に行かないといけないのだろうか。
「おやかたさまのアレを食らうのがワタシだけというのは、あまりにも不公平だからな。だからお前たちも必ず来るように! 分かったね!」
要するに一緒に叱られろ、ということらしい。私たちはすごすごと頷いた。
夕飯の時間が終わった後、私たちはおやかたさまの部屋の前へと行く。
お夕飯の時間、みんなご飯を食べている中で、私たちだけがご飯抜きで空の机上をぼんやりと見つめているだけというのはなかなかにきつかった。あたりから漂うおいしそうなご飯の匂いでペコペコのお腹が更に空いて空いて……。これ以上考えるのはやめよう。餓死してしまいそうだ。
「やあ! キミたちセカイイチをもってきてくれたんだね! ありがとう!」
満面の笑みで振り返るおやかたさま。ぴしり、とウタの背筋がまっすぐになる。
「そ、それがですね……」
声が震えていた。何も知らないおやかたさまはニコニコと言葉の先を促す。なんていう地獄……。
「実はその……、この者たちがセカイイチを取ってくることに失敗しまして……」
「いいよ~、しっぱいはだれにでもあるよ」
軽い言葉のノリに私はホッとする。怒られないのではないか、そう考えるも、そんな甘い考えはすぐに打ち砕かれた。
「それで、セカイイチはどこなの?」
「で、ですから、その~取ってくるのを失敗したワケですから……、セカイイチの、セカイイチの収穫は……ゼロ、ということに」
静寂。
長いようで短い静寂がこの場を支配した。
そしてその静寂を最初に壊したのはおやかたさまだった。短く、「……え」と零したのを私はなんとか聞き取る。
「つまり、おやかたさまにも当分の間はセカイイチを食べるのを我慢していただかないといけない、ということなんですね! あはっ、あはははは……」
ウタが狂ったように笑う。でもそれもすぐ終わった。
だって、おやかたさまが微動だにしない。
目を見開いたまま、一切動かないその姿は不気味ささえ覚える。あまりの異様さにウタがおやかたさまを呼ぶが、代わりに返ってきたのは泣き声と何かが揺れる音。……ん? 揺れる音?
「な、なんか揺れてない?」
タイの焦ったような声が聞こえる。でも私は突然の揺れに地面にへたり込むので精一杯でどうしようもない。
「お、お前たち! 耳をふさぐんだ!」
「ど、どうして!?」
「いいからはやく!」
焦ったウタの声。大慌てで耳をふさぐ。だけどその塞いだ手を突き抜けるような大きな泣き声が耳に響いた。
おやかたさまが泣いている。
おやかたさまが激しく泣くほど、揺れが大きくなる。もう立っていられないほどの衝撃に私は蹲るしかない。お、おやかたさまって、こんな怖かったんだ……。
死を覚悟したその瞬間、扉が開く音。
その主を確認するよりも前に、声が響く。
「ごめんください! セカイイチを届けに参りました!」
その瞬間、揺れが止まった。
揺れが止まったということは、おやかたさまが泣き止んだということで。
声の主は堂々とおやかたさまにセカイイチを差し出す。
「ほら。本物のセカイイチです。お近付きの印にどうぞ」
渡されたピカピカのセカイイチをおやかたさまは持ち上げて無邪気に喜ぶ。
助かった、なんて思えなかった。だって、セカイイチを持ってきたのは、スカタンクのビルだったのだから。