リンゴの森。
 名前の通り、見渡す限りにリンゴの生った木がそこら中にあった。しかし、それと同時に不思議のダンジョンと化したこの森には同じくらいポケモンもわんさかいるわけで、ウタに教えてもらったセカイイチが唯一生る木があると言われる奥地までたどり着くには結構な時間を要した。
「ここがリンゴの森の奥地……」
 タイが感嘆の声をもらした。それもそのはず、奥地には今まで見てきたリンゴの木とは比べ物にならない程大きな一本の木が生えていたのだ。
「ウタの話だとあの木にセカイイチがあるはず……」
 タイがそう言って遠目からでも分かるほど大きいあの木へと近づいていく。そして、視界の中に木のてっぺんが目に入らなくなったあたりでタイが驚きの声を上げた。
「あれ見て! あれがセカイイチじゃないかな」
 タイが指差す先。この大きな木の上のまた上の方に、それはまた大きなリンゴがいくつか実っていた。あの大きなリンゴがセカイイチ……。世界一という名前に納得がいくほどの大きさだ。
 これでようやく依頼達成。……と言いたいところだけど、新たな難関にぶち当たる。
「あんなに高いと、どうやって取ればいいのかな……」
 私もそう思った。水鉄砲でセカイイチを揺らして落とすということも考えたが、あまりの高さに水鉄砲すら届かない気がする。おとなしく木を登って一個ずつ取っていく、という方が確実だろうか、と考えていた時、後ろから声がした。

「そんなの簡単だろ?」
 私とタイは振り向く。
「お、お前たちは!」
 タイが驚くのも無理もない。だってそこに居たのはここにはいない筈のドクローズだったのだから。
「オマエたち、来るのが遅かったな」
「俺たちはな、ここでセカイイチを食べながらオマエたちが来るのを待ってたんだぜ」
 思わず驚きの声を上げた。
 セカイイチを食べてた? でもそれのお陰でセカイイチが木のてっぺんのほうにしかなかったのも納得がいく。低い方や真ん中付近のセカイイチはドクローズが全部食べてしまったから、てっぺんのほうにしかセカイイチが残らなかったというところだろう。海岸の洞窟での出来事といい、人の嫌がらせだけが目的なんだろうか。嫌な奴ら。
「来るのが遅いんで食いすぎちまったよ」
 そう言って汚いげっぷを吐く。思わず眉をひそめてしまうが、今はそれどころじゃない。
、てっぺんのほうにまだセカイイチは残ってる。アイツら倒して持って帰ろう!」
 私は頷く。ドクローズが邪魔をするというなら、私たちはそれを押しのけてセカイイチを持ち帰るだけだ。
 そう思って戦闘態勢に入ったとき、スカタンクのビルがやれやれと言いたげに首を振った。
「オレさまたちを倒すだと? 失礼なヤツらだな。オレさまはオマエたちの仕事に協力してやろうと考えてたんだぞ」
「えっ!?」
 そう言ってビルは木へと近づく。見てろと短く呟いて、全身をもって木に体当たりをした。
「セカイイチが!」
 突進によってグラグラと揺れたセカイイチがぽとり、と木の葉の上に落ちる。
「ほら、カンタンだろ? さあ、セカイイチを拾って早くギルドに戻るがいいさ」
 ビルが笑う。続いてドガースのドニーも、ズバットのランドも笑う。
 私たちは唇を噛みしめたまま、微動だにしなかった。

 おかしい。出来すぎている。
 なんで此奴等が私たちを助けるような真似をする? 
 疑心が渦巻く中、ビルが嘆くように声を上げる。
「折角、親切にしてやってるっていうのに。悲しいなぁ」
「……どうせ、また何か企んでるんだろ? 騙されないぞ」
 疑いに溢れたタイの言葉についに耐え切れないという様にランドが口元を大きく歪めた。
「驚いた! コイツら全然騙されねえ!」
「なんだ、つまんねえな」
 やっぱり。此奴等、最初から私たちを騙すつもりだったんだ!
 ギリ、と噛みしめた歯が悲鳴を上げる。
「ククク……。引っ掛からなかったのは少し残念だが、しかし、それでオマエたちはどうするというのかね?」
「決まってる! お前たちを倒して、セカイイチをギルドに持ち帰るんだ!」
「ほお? 今日はヤケに威勢がいいな。初めて出会った時はドニーとランドに掴まれたまま何もできなかったというのに」
 タイが黙る。
 初めて、というのは私が蹴飛ばされたあの時のことだろうか。確かにあの時私の名前を呼ぶ悲鳴のようなタイの声が遠くから聞こえた気がするけど……、戦えないことをいいことにタイを抑えつけていたってこと? 
 ……ムカつく。人を良いように傷つけておいて、その癖それをあざ笑うなんてとんだ悪党だ。
「確かにあの時は動けなかったけど……。でももう負けない! 絶対にひるむもんか!」
 タイも言葉に怒りをにじませている。
 私たちが完全に戦闘態勢に入ったのを見たビルは少しだけ顔色を変えた。
「……よかろう。その勇気に免じて、オレさまたちも本気で相手してやろう」
 ドクローズの三匹が前に出る。
 なにか仕掛けて来る!
 そう思うのも束の間、腐ったようなニオイや鼻に着く異臭が辺りに漂う。前に嗅いだニオイよりもさらに酷いニオイ。思わず膝をついて咳き込む。息を吸えば、そこから毒が体の中に入ってくるような幻覚に襲われて、うまく息ができなかった。
「どうだ? オレさまとドニーの毒ガススペシャルコンボは? 耐えられないだろう?」
 息が苦しい。あまりの激臭に吐きそうになる。
 でもそれはタイも同じで、苦しそうに藻掻いて地面に倒れるタイの姿が、涙があふれて歪む視界に映った。
 タイ、大丈夫?
 そんな安否を確認する言葉も、うまく息ができないこの体じゃ喋ることさえできなくて、朦朧とする視界の中、私は意識をもれなく手放した。