体中に痛みが走る。痛い。でも、予想していたものよりも遥かに弱い痛みだった。ぎゅっと瞑ってしまっていた目を開く。自分の身の回りに付きまとう水はない。あるのは薄暗い道とそこに転がるタイの姿だった。
「イタタタ……」
 痛む体をさすりながらタイが起き上がる。どうやら無事だったみたいだ。タイはキョロキョロと周りを見渡すと、ようっやく現状を把握したみたいだ。
「こ、ここは……」
 そして自分たちが滝の裏にある壁にぶつかったのではなく、確かに存在した洞窟への道に辿り着いたのだとそう理解した瞬間、タイの目はキラキラと輝いた。
「やった! 洞窟だよ! やっぱりは正しかったんだ!」
 興奮しているタイは私の手をぎゅっと握る。そして早く早くといいたげにその手を引っ張って走り出すのだった。
「ほら行こう! 洞窟へ!」
 
 じめじめとした洞窟を越えて。私たちが辿り着いたのは多くの宝石が輝く奥地だった。ん? 道中? カクレオンのお店で技マシン10万ボルトを手に入れたタイが地面タイプのポケモンだろうがお構いなしに一掃していったと言ったらお分かりだろうか。え、私? ……特性がちょすいだったり、そうでなくとも水タイプがわんさか居たこのダンジョンで私が活躍できるとでも? ……泣いてないよ。悔しくなんかないし。
 閑話休題。宝石を目の当たりにした私たちはその綺麗さに圧倒されていた。
 こんな秘境みたいな場所に綺麗な宝石がいっぱい散らばっているなんて誰が想像できるだろうか。滝に隠された秘密とは十中八九これのことだろう。
「あっ! あそこに大きな宝石がある!」
 タイが指をさした先。この奥地の中でも本当に奥の奥というところに綺麗に輝く大きな宝石があった。近づいてみると、その宝石の大きさを実感させられる。私、ミズゴロウの大きさに劣らない大きさのそれが鎮座していた。もしかすると私よりも大きいのかもしれない。
「すごい! 見たことない大きさの宝石だよ! きっとこれを持って帰ったらみんなびっくりするだろうね!」
 そう言うとタイは宝石の方へと駆けだす。そしてしばらく宝石を引き抜こうと引っ張っているようだが、どうやらびくともしないらしい。
「ダメだ……全然抜けないや」
 どうやらガチガチに硬いらしい。ちょっと変わってみてとタイが言うので、私とタイは場所を入れ替わった。
 こうやって近づいてみると、宝石がとても大きいことがわかる。タイがやっていたように宝石を手でつかみ引き抜こうとする。か、硬い。どれだけ力を入れてもびくともしない宝石に私の息がすぐに上がった。
 私も引き抜けないことをタイに言うと、タイはがっかりしたように肩を落とす。そうだよね、こんなお宝を目の前にして持ち帰れませんでした、なんて悔しいよね。
「ううん、あきらめちゃダメだ。頑張ればなんとかなるよ!」
 まだ諦めないのかタイが私と居場所を変わる。再び全身全霊で宝石を引き抜こうとするが、やはりびくともしないようだった。これは持って帰るのは難しいぞ、なんて考えていた時。ぐらりという感触と共にめまいが襲った。まためまいが、こんどは一体何だというのだろう。

 映った風景はここと全く一緒だった。違った点は先ほどと同じで、この奥地には私もタイもおらず、いるのは謎の影ただ一人。謎の影も宝石を引き抜こうとしたようだがびくともしないそれに抜くことをあきらめたらしい。引き抜くこと諦めた彼は宝石をそっと押す。するとカチリと何かの音。影はその音に疑問を抱いていたようだが、その疑問もすぐに吹き飛ぶ。何と横から大量の水が押し寄せてきたのだ。突然の出来事に影はなす術もなく水に流されていく。そこで映像は途切れた。
 今のは……。そう思案しようとするとまだ宝石と格闘していたらしいタイの唸り声が聞こえた。しばらくの間挑戦していたがやっぱり無理だったらしい。肩で息をして疲れ果てているようだった。
 私はもう諦めた方がいいんじゃない? と声をかけようとする。そして絶対宝石を押したらダメだよとも伝えようとしたその時だった。何かをひらめいたような顔をしたタイが宝石を押したのだ。もう一度言う。タイが、宝石を、押した。
 カチリという謎の音が奥地に鳴り響く。悲鳴を上げようとする間もなく、地面が揺れだし私はバランスを保てずこけた。ただタイだけはよくわかってない顔でポカンと「ん? 地震かな」というだけだった。
 私は態勢を立て直しながら、横を睨む。あの夢が正しければすぐに大量の水が押し寄せてくるはずだ。タイはいまだ状況を飲み込めず、険しい顔をする私に「どうしたの?」なんて暢気なことを聞いてくる。タイがやらかしたっていうのに!
 すぐにそれはやってきた。不思議に思ったタイが私と同じ方向を見つめた瞬間、それがやってきたことにようやく気付く。
「うわぁーーーーー!? 水だーーーーー!」
 急いで逃げようとするも、勢いが付いた水から逃げられるはずもなく。私たちは水に飲まれてガボガボと酸素を求めて口から泡を吐き出しているだけだった。

「ねえ、大丈夫?」
 体を揺らされる感覚と共に目が覚める。ぱちりと瞬きすればヒメグマがこちらを覗き込んでいた。もしかして、私たち生きてる?
「もうビックリしたわよ! 二人ともいきなり空から降ってくるんだもの」
 空から降ってきた? どういうことだろう。わけもわからず私は周りを見渡す。すぐ近くにタイもいて、私と同じようにあたりを見渡していた。良かった。無事みたいだ。
「ここは……どこ?」
「ここは温泉よ」
「お、温泉~!?」
 私たちは驚く。滝の裏の洞窟に居たはずなのに、いつの間に温泉に来てしまっていたのだろう。
 確かに今体が浸かっている水、というかお湯は程よく温かい。温泉というのは本当のようだ。
 困惑している私たちにのそりと現れたコータスが頷く。
「そう、温泉じゃ。ここの湯は肩こりに効くんで、多くのポケモンが入りに来るのじゃよ」
 へぇ~肩こりに。確かにこのお湯につかってると疲れが吹っ飛ぶような気が……。じゃなくて!
「ほれ、地図をだしてみなさい」
 言われるがままにタイは地図を取り出す。お湯に濡れて地図がダメになってしまうのではないかと思ったが、地図は濡れても何ともなかった。さすが不思議な地図。濡れても無事なんて、めちゃくちゃ不思議だ。
「ここが温泉じゃよ」
 コータスさんが指差した場所を二人で覗き込む。本当だ。温泉の絵があった。
「滝の場所がここだから……」
 タイの指が滝の場所から温泉へとなぞられていく。
「わっ、見て! ボクたち結構流されてきちゃったんだね!」
 なぞられた指を目で追えば結構な距離を移動してしまったことが分かった。ここまでの間水に流されて私はいいけど、よくタイが無事だったね……。幸運だったことに私は感謝した。
「なんと! おぬしたちそんなところから流されてきたのか!? それは大変じゃったなぁ。この温泉で疲れを癒していきなされ」
「うん! そうするよ! もいいよね?」
 私は即答で肯定した。水ポケモンといえど激流に流されればさすがに疲れる。現に体の節々が悲鳴を上げていた。私も折角来た温泉でゆっくり休みたいのだ。
 そうして私たちは肩までゆったりと温泉に浸かりながら、日々の疲れを癒したのだった。ああ、極楽……。