毎朝の朝礼に参加すれば、いつもならウタの言葉の後に散り散りになるはずなのに、今日はそのウタの言葉がなかった。不思議に思ったみんながウタを見つめる。ウタは重苦しいような表情をしていた。何かを言おうとして、迷って、言わなくて。何度かそれを繰り返した後、ウタは決心したように重々しいその口を開いた。
「みんなに伝えたいことがある。ここから遠く北東に行ったその奥に、キザキの森という場所があるのだが……、そのキザキの森の時が……、どうやら止まってしまったらしいのだ……」
 告げられたその内容にみんながどよめいた。
 時が、止まった?
 ウタによると、キザキの森は風が止まり、雲は動かず、葉っぱに着いた水滴は流れ落ちることもなく静止している、まさに時間そのものが停止した世界になってしまったらしい。
 でもどうしていきなりキザキの森の時が止まってしまったのだろう。そう疑問に思った瞬間、少し前にタイと話していたことを思い出す。―時の歯車。もしかすると、時の歯車が盗まれてしまったのではないか。他のみんなもその可能性に行きついたようで、所々から「まさか時の歯車が……」という発言が飛び出す。
「そう、そのまさかだ。キザキの森の時が何故止まったのか。それはキザキの森にあった時の歯車が、何者かによって盗まれたからだ」
 ウタによる肯定の言葉に場は更にざわめいた。無理もない。時の歯車はその危険性からどんな悪党でも手を出さないと言われている代物だ。それが盗まれたということは、時の歯車に手を出し、時間が止まってしまうことを意にも介さない極悪人がいるということなのだから。
 驚きの声、事実を受け入れられない声、様々な声でギルドが埋め尽くされる。戸惑う皆にウタは羽ばたきをし、みんなを制した。
「みんな静かに! すでにジバコイルのフィリオ保安官が調査に乗り出している。時の歯車を盗む者がいること自体信じられないのだが……。盗まれたからには他の時の歯車も危ないかもしれん。不審な者を見つけたらすぐに知らせてくれと言っていた。いいか、相手は極悪人だ。くれぐれも戦おうとするんじゃないぞ。気を付けるんだ。だからみんなも何か気が付いたらすぐに知らせるだけにしてくれ。以上だ」
 ウタは話し終えると一息ついて、気分を切り替えるかのように明るい声を出していつもの言葉を言った。きっとそんな極悪人が出たことに心配でたまらないのを必死に隠しているのだろう。その意図を汲んだ私たちはウタの明るさに負けないほど大きな声で返すのだった。

「ああ、オマエたち。オマエたちはこっちに来なさい」
 みんながいつも通り散り散りになり、私たちも今日の依頼をこなそうと歩き始めた時、突然ウタに止められる。
「えー、ウタ何か用なの?」
「オマエたちが大分仕事に慣れてきたと思ってな。特にこの間ロキを捕まえたのは見事だったぞ」
 仕事に慣れてきているというが、そうなのだろうか。確かにタイは最近メキメキと力をつけてきているし、私もポケモンとして技を出す感覚にも慣れてきて依頼を失敗することなくこなすことも増えてきているから慣れてきているというのは正しいのかもしれない。
「そこで! 今日はいよいよ探検隊らしい仕事をやってもらおう」
「ホ、ホント!? やったあー!」
 タイが喜んで跳ね上がる。ずっとお使いのような依頼ばかりだったし、ついに夢である探検隊らしいことができて嬉しいのだろう。かくいう私も一体どんなことをするのか内心ワクワクしている。
「不思議な地図を出してくれ」
 ウタに言われた通りに私は不思議な地図を広げる。
 ウタが指し示したのは滝が描かれた場所だった。
「ここに滝が流れているだろう。一見普通の滝に見えるのだが……、この滝には何か秘密があるのではないかと情報が入った」
 ウタが秘密といった瞬間、タイの目がキラキラと光る。もう、タイったら本当に楽しみなんだなぁ。
「そこでオマエたちにこの滝に何があるのか調査してほしいのだ。以上だ」
 私たちは頷く。ようやく来た探検隊らしい仕事。これをみすみす逃すなんて絶対にあってはならない。
「では滝の調査を頼んだぞ。……おや、どうした震えてるのかい?」
 ウタが不審そうに見たのはタイだった。私も見ればタイは小刻みに震えている。
「……………」
 私たちが見つめてもまだ無言のタイにウタが心配そうに尋ねる。するとタイはぺちんと自分で頬を叩き、ウタを見つめ返した。
「……うん。大丈夫。武者震いだよ。ボク、初めて探検隊の仕事が出来ると思うと……感動してたんだ……」
 タイは思っていた以上に今回の仕事が嬉しかったみたいだ。ワクワクとした目をタイはこちらに隠すことなく向ける。
「ボク、なんかすごくワクワクしてきたよ! ! 頑張ろうね!」
 喜色の笑みを浮かべるタイ。それに対して私は勿論と力強く頷き返した。