見張り番の仕事を終えてから数日。私たちは見張り番の仕事に再チャレンジしたり、ギルドに舞い込む依頼をこなしたりして過ごしていた。見張り番の仕事はまだまだ慣れないけれど、ポケモンの足型を少しずつ覚えられてきて正答率も上がった。依頼の方は変わらず落し物拾いだったり、迷子の人を救出したり、やっぱりお使いのような依頼ばっかりだったけれど、最近はお尋ね者の討伐も増えてきていた。
 ロキの事件以来、タイは少しずつ、でも着実に自分に自信を付けてきているようで、最近はお尋ね者を前に震えたり、足が竦んだりすることはめっきり減った。元々素養がある子だ。自信を付けて本領を発揮してしまえば、コソ泥程度のお尋ね者は瞬殺だった。というか、離れた位置からお尋ね者に対して電光石火で先手を取り、近づけば電磁波で麻痺らせて身動きを取れなくし、挙句の果てには動けない相手に対して技でフルボッコにする様は見ている側からするとお尋ね者が可哀想に見えてくるほどだ。今までタイに倒されてきたお尋ね者に合掌。そして私はタイを決して怒らせないということを心の内で固く誓った。

 そんなこんなで平和な日々を過ごしている。今日なんて目敏い依頼がなかったためにトレジャータウンでショッピングをしているほどだ。カクレオンのお店で商品を物色しながら伸びをすれば、キリさんの方のお店で技マシンを見て悩むタイの姿が見えた。もう十分強いのに技マシンでさらに強くなろうというのだろうか。私はまだ見ぬお尋ね者たちに合掌した。悪いことをするから罰が下るのだ。その罰がとんでもない高火力の雷だったとしても文句は言わないでほしい。
 まだ買うかどうか決まるのに時間がかかりそうだなと思った私はサクさんのお店の中を歩く。体力を回復してくれるオレンの実、倒れてしまってもその場で回復してくれる復活のタネなど、相も変わらずカクレオンのお店には魅力的な商品でいっぱいだ。依頼をこなして徐々に重たくなってきた財布と並んだ商品を交互ににらめっこをしながら悩む。うんうんと唸る私の視界の中にキラリと光るものが一つ。前に来た時に気になっていた、翡翠のペンダントだった。
「お気に召されましたか~?」
 おもわず驚きの声を上げてしまう。振り向けば、いつの間にかサクさんがニコニコとこちらを見守っていた。驚きの声を上げてしまったことを謝ると、サクさんはカラカラといたずらっぽく笑った。こんなに近くに居たのに一切気配を感じさせない佇まいといい、この人はよくわからないがすごい人なんだなと思う。
「あれが気になるんでしょう」
 そう言って指さすのは先ほどのペンダント。どうやらサクさんにはお見通しらしい。私はこくんと頷くとサクさんがやっぱり、と笑う。
 それにしてもどうしてこんなにこのペンダントが気になるのだろう。
「それはね、あれが沼の宝珠を使ったペンダントだからですよ」
 聞きなれない単語に私は疑問符を浮かべる。どうして沼の宝珠がこんなにも私の気を惹きつけるのかよくわからない。黙る私にサクさんは優しく解説をしてくれた。ポケモンにはそれぞれ専門道具なるものが存在しており、ミズゴロウは沼の宝珠がそれにあたるらしい。そして沼の宝珠と呼ばれるものは、高純度の翡翠だということも教えてくれた。
 なるほどなあと私は思う。ミズゴロウの専用道具を使って作られたペンダントなら気になってしまうのも納得だ。
「ふふ、お買い上げになりますか?」
 私はぶんぶんと首を振った。もちろん否定の意である。
 確かにあれは気になるけれど、値段が高すぎる。5万ポケなんて依頼をこなして、貯金をして、それを続けてようやく届く値段だろう。まだまだ新米の私たちには到底届きやしない値段だ。
「じゃあ、特別です。あれのお値段を1万ポケまで下げちゃいます!」
 破格の値下げに私は驚く。4万ものの値下げなんてどうしてだろう。でも、1万ポケならさっきよりも入手への道がぐっと楽になった。驚く私にサクさんは続ける。これはお礼なんですと。サクさんに感謝されるようなことをした覚えはない。再度疑問符を頭の上に浮かべていれば、サクさんは言った。
「お二人がリルちゃんを助けてくれたってミナちゃんから聞きましてね……。それを聞いたらすごくうれしくって。あの二人のことを助けてくれて本当にありがとうございました」
 そう深々と頭を下げてお礼をする彼に手を振って頭を上げてくださいと伝える。幼い子供を騙すロキが許せなくて、私たちが助けないといけないと思ったから大急ぎで助けに行っただけで、ここまで感謝されることではないと思う。そう伝えれば、サクさんは笑った。
「やっぱりあなたたちのような人が助けてくれて良かったと思いますよ。だからお礼です。あなたたちのお金がたまるまであの商品は誰にも売らないようにしておきますね」
 ……なんだかとんでもない接待を受けている。慌ててそこまでしなくてもと言えば、これくらいはさせてくださいとニコニコ笑うサクさんに押されてしまう。笑顔の裏に隠された有無を言わさない覇気に私は黙った。うん、サクさんって絶対怒らせたらヤバイ人だ。そう感じた私はすごすごと引いたのだ。
「どうしたの?」
 何も知らないタイがこちらに来ていた。どうやら買い物が終わったらしい。手元には紙袋に入った技マシンがちらっと見えていた。
 私は当初の目的だったオレンの実を素早く買うと、タイと一緒にお店を出る。ありがとうございましたーという双子の声が私たちの背中を押した。私たちはそのままカクレオンのお店から離れていく。

 私は帰路の最中でタイを呼ぶ。不思議そうな顔でタイは振り向いた。
 絶対、ぜっったいにサクさん怒らしたらダメだよ。
「え、なんで?」
 さらに不可解そうな表情を浮かべるタイ。私は念を押すようにもう一度先ほどの言葉を述べるのだった。
「だからなんで怒らせたらダメなの? ねえ、ねえってば!」