食堂でお腹いっぱいご飯を食べ終わった後、日も暮れ疲れはてた体は満腹感と共に眠気を私たちに到来させていた。眠い体を引き摺りながら弟子たちの部屋へと足を運んでいれば、廊下でエリクとすれ違う。
「あ、エリク」
「ふ、ふ、二人とも~! オイラ、いきなり二人が居なくなって……心配したんでゲスよ!」
 私たちの姿を見た瞬間、瞳に大粒の涙を溜めて全身を震わせるエリク。唐突に泣き出してしまったエリクにタイは慌てて声をかけた。
「ごめんってエリク。あの時ボクら必死だったんだ」
 タイは泣き出してしまったエリクを宥めながら一体何があったのかを詳細に話した。エリクは頷きながらタイの話を聞いていた。話しているうちに目元の涙は止まっていたが、タイが話し終えたと同時に再度ぶわっとその目に涙を蓄える。
「えっ、なんか変なこと言っちゃったかな……」
「ち、違うんでゲス……。二人がしっかり成長してるんだと思ったら涙が止まらなくて……」
 どうやら今度は私たちの成長に感動して涙を流しているようだ。そのエリクの様子にタイがどうしようかとこちらを見るが、どうしようもないので肩をすくめて返事をする。
「ううっ……。留めちゃってもうしけないでゲス……」
「ううん、ボクらもエリクに謝らなきゃって思ってたし。気にしないで」
 タイの言葉にエリクは顔を震わせるとシャキっとした表情に変わる。
「オイラも負けてられないでゲス! 明日からオイラも頑張るでゲスよー!」
 そう言って奮起するエリク。よくわからないけれど、私たちの行動はエリクに影響を及ぼしたようだ。奮起するエリクに別れを告げ、私たちは部屋へと戻った。

 部屋に帰ってベッドに横になれば、いつの間に天気が荒れていたのか、外の雷の音が窓から入ってきていた。
「うわっ! 凄い雷。今夜は嵐みたいだね……」
 音に導かれて窓の外を眺めていたタイがそう言って振り向く。嵐かぁ。大粒の雨が壁や地面に叩きつけられる音を聞きながら考える。なぜだろう。嵐の音が頭から離れなかった。
「そういえばね、ボクとが出会った前の晩も、嵐の夜だったんだよ。嵐の夜の次の日に海岸でが倒れてたんだ。」
 窓から離れてベッドに座り込んだタイが言う。私たちが出会う前の晩も嵐だったのか。
「どうお? 倒れた時の記憶とか……、何か思い出せそう?」
 そう聞くタイに私は記憶を馳せる。目を閉じて思い出そうとすれば、頭の中によぎるのは外で響いているような嵐の轟音。その中に紛れるように叫ぶ声。そして閃光。思い出せるのはそれだけ。いつもこれしか思い出せなかった。そして今もそれ以上については思い出せそうにはなかった。
 どうして私はあの海岸に倒れていたのだろうか。何も思い出せず私は首を振った。そんな私にタイは困ったように首を傾げる。
「やっぱり難しいかな。……でもまあ、少しずつ思い出していけばいいよ」
 タイの言葉に私は頷く。頭をベッドにうずめれば、もとより襲ってきていた眠気がさらに襲い掛かってくる。
 私の記憶。普段はあまり考えないようにしている私の過去。
 記憶を思い出したとき、私はどうなるのだろうか。私は、私のままなのだろうか。過去の自分は一体どんな人物だったのか。思い出せない。記憶を思い出したとき、私はタイと一緒に探検隊を続けていられるのだろうか。

「ねえ、
 呼びかけられた声にゆっくりと瞼を開く。窓の外から聞こえる嵐の音は先ほどよりは弱まっていて。どうやら私は少し寝てしまっていたらしい。私が起きているのかどうか顔を覗き込むタイに私は瞬きで返した。
「ボク、あれから思ったんだけどさ。が見た不思議な夢は、自身のことと深く関わってるんじゃないかって」
 不思議な夢。タイがさしているのはあのめまいのことだろう。だけど、あの夢と自分自身がどうかかわっているというのだろうか。
「なんとなくなんだけどね。でもボク、未来の夢を見るミズゴロウなんて知らないし、ニンゲンが突然ポケモンになったっていうのも聞いたことがないんだ。だからこそその2つが大きく関わっている……。なんかそんな気がしてならないんだよ」
 私が元々人間だったこととあの不思議な夢が関わっている……。考えもしなかったその説に私は押し黙った。
 自分の記憶を辿るカギがあの夢にあるのかもしれない。でももしそうだったとしても、一体それがどうかかわってくるのだろう。
「ニンゲンだったときのがどんな人だったのかは知らないけど、でも絶対いい人だと思うんだ」
 タイはそう言って私を見つめる。
「だって、のお陰で悪いポケモンも捕まえられたんだ。ボクが勇気を振り絞れたのものお陰だったし」
 私のお陰、なのだろうか。あの時の私はリルちゃんを助けることでいっぱいで、タイが勇気を振り絞るきっかけになっていたのかなんてわからない。目の前のロキを倒すことに必死だった。悪いポケモン。ウタも言っていた。ロキのような悪いポケモンが増えていたのは時が狂い始めた影響なんだって。
「うん、悪いポケモンが増えたのは世界各地で少しずつだけど時が狂い始めた影響だって言われてるんだ。なぜ狂い始めたのかはわからないんだけど……、時の歯車が何かしら影響してるんじゃないかって」
 時の歯車? 聞きなれない単語に首を傾げた私にタイは続ける。
「時の歯車は世界の隠された場所にあるんだ。例えば森の中や湖、鍾乳洞……、そして火山の中といったようにいろいろな場所にあって、その中央にあるのが時の歯車って呼ばれてるんだよ。この時の歯車がそこにあることで、それぞれの地域の時間が守られていると言われているんだ」
 不思議な話だけど、時の歯車は世界の時間を守っているらしい。でも、そこにあることで世界の時が守られているというのなら、その時の歯車自体がその場からなくなってしまったら、どうなってしまうのだろう。
「ボクもわからないけど、時の歯車を取っちゃったら、多分その地域の時間も止まってしまうんじゃないかなぁ。だから皆怖がって時の歯車だけは触らないようにしてるんだよ。たとえどんなに悪いポケモンでもね」
 タイはその言葉を最後にベッドにもぐりこんでしまった。
 時の歯車。最近増え始めた悪いポケモンに、狂い始めた時の影響。これらは無関係なのだろうか。わからない。でも、どうしてか全くの無関係のようには感じられなくて、これらの単語が頭の中をぐるぐると回る。ぐるぐると回り続けて、その単語を考えているうちに私は眠りに落ちていた。
 その影響なのか、その日はなんだか不思議な夢を見た。嵐で揺れる森の中。暗がりの中で誰かが呟いている。
「初めて見たが……、これがそうなのか……」
 感嘆の声を上げるその誰かは、何かに向かってじりじりと歩みを進めていく。
「ついに見つけたぞ! 時の歯車を!!」
 素早い動きで彼はその場から何かを奪い取った。途端、電流が流れたようにその場から少しずつ時が止まるかのように、雨が、風が、止まる。
「まずは……一つ目!」
 全てが止まる直前、未だ止まっていなかった雷が彼を照らす。
 照らされるその姿。貴方は、キミは……。その姿に突き動かされるかのように声を出そうとした瞬間、全てが止まった。
 残ったのは静寂だけだった。