窓の外からマメパトが鳴く声が聞こえて俺は目を覚ました。枕元に置かれたライブキャスターを見れば時計は7時前を示していた。昨日寝たのは日が暮れかけていた頃だった気がするから、結構な時間をぐっすり寝てしまったのだと思う。まだ寝ぼけた頭を振りながら部屋を見れば俺一人だった。そういえば昨日はすぐ寝てしまったからお風呂に入れていない。目を覚ますのも兼ねてささっとシャワーでもしてしまおう。俺はまだ布団で寝ていたい体を鞭打ってベッドから身を起こした。

 朝風呂を終えて、さっぱりした頭と体がようやく覚醒する。着替えて部屋に戻ればやっぱり誰も居なかった。でものものらしい荷物がもう一つのベッドの上に載っているのを確認した。食堂に行ってるのだろうか。部屋を出た俺は食堂へと歩き出した。
「おはよう。ぐっすり眠れた?」
 食堂に着けばが俺に声をかける。やはり先に起きて食堂に来ていたようだ。俺はの正面の椅子を引いて座る。はフレンチトーストを食べていた。おいしそうだな、俺も同じの取ってくるか。そう考えて俺は立ち上がる。
「それどこ合った?」
「あっち。他にもおにぎりとか美味しそうなの合ったけど」
「いやそれでいい」
 が指さした方へ歩けば同じようなフレンチトーストがあった。美味しそうなのを何個か取っての方へと戻る。
「わあ、よく食べるね」
「別に。こんくらい普通だろ」
 そう言って食べ始める。あ、これ美味い。しばらく食べてるとが食べ終えたらしい。ごちそうさまでしたとちゃんと挨拶してから、指先を拭いてそのまま寛いでいた。荷物を部屋に置いていたが、少しばかりの物は持ってきていたらしい。ガサゴソとタウンマップを邪魔にならない程度に広げては確認していた。
「次はどこいこうかなぁ」
「ジム巡りを考えるならシッポウシティじゃないか」
 最後のトーストを飲み込んで広げられたマップを見て言う。俺の言葉には頷きながらシッポウシティとはまた別のところを指さした。
「ここ。夢の跡地。サンヨウからすぐらしいし、ちょっと寄ってみたいかも」
 そう言ってマップを見つめる目は爛々と輝いていた。そう言えば観光目的だったなと何度目かわからない理解をする。別に急いでるわけじゃないし、のためにも寄ってもいいかなと考える。
「じゃ、決まり。今日は夢の跡地寄ってからシッポウシティ目指すか」
「ほんと! ありがとうトウヤ!」
 嬉しそうに笑うを見て胸が暖かくなる。トレーを持って立ち上がる。目的地は決まった。あとは動くだけだ。

 夢の跡地へはサンヨウシテイの外に広がる森を抜ければすぐだった。森の先に広がる古びた建物には感嘆の声を上げる。
「夢の跡地って名前だからどんなところなのかと思ったら、廃墟みたいな感じなんだね」
 ぐるぐると見渡すに、自分もなんでここが夢の跡地なんて呼ばれているのか知らないなとトウヤは考えをめぐらす。そもそもトウヤはカノコ生まれカノコ育ちの生粋のカノコ出身だ。カノコ以外の場所なんてあまり行ったことがなかったし、カノコ以外の情報を仕入れるのはいつもテレビからだった。
 小さい頃テレビは好きだった。狭い自分の町以外のことをいっぱい教えてくれるテレビに夢中だった覚えがある。イッシュだけじゃなかった。カントーやジョウト、果てには遠いカロスやアローラのこともテレビは報道してくれていたから、テレビの向こうの景色に何度胸を弾ませたことか。自分だけじゃなくて幼馴染の二人もテレビが好きだった。チェレンは子供らしからずにニュースとか見ていたような気がする。ベルは、なんだろう。女の子だったベルは男だった自分たちとはまた違ったものを見ていた気がするから。自分には双子の姉を自称するアイツがいるが、アイツは正直女だとは認めたくないからパスだ。アイツを女だと認めたのなら、世界中の女の子に土下座しなければならない気がする。
 そんな風に昔のことを思い出している俺の耳にに懐かしい声が響いた。男とは違う少し甲高くて間延びした声が俺の名前を呼んでいる。少しずつ大きくなっていく声の方へと向けば、金髪の少女、幼馴染のベルがこっちへ走ってきていた。
「トウヤ~! 久しぶり~!」
「ベル、お前もここに来てたのか」
 うんうんと元気に頷きながらにへらと笑って見せるベルに、旅に出ても全く変わらないなと思う。
「ん? 知り合い?」
「ああ、幼馴染なんだよ。ベルって名前」
「あれ~女の子だ? トウヤと一緒にいるんだねぇ」
 いつの間にこっちに来ていたのかきょとんとした顔のがこちらを見ていた。ベルもを見つけて首を傾げる。そんなベルを見てふとこの前のチェレンを思い出した。「簡単に気を許すべきじゃない」そう言って、懐疑的な目をに向けた幼馴染。彼が去ったあと、が少し寂しそうに嫌われてしまったかを気にしていたのはまだ記憶に新しい。トウヤはのことを誤解がないように紹介しようと口を開こうとしたその時。
「私ベルっていうんだあ! よろしくね!」
 にこにことベルがに手を差し伸べる。は突然差し伸べられた手に呆然としていたが、微笑んでその手を取った。
「私はって呼んで。いろいろあってトウヤと旅してる。よろしくねベルちゃん」
 そうだった。この幼馴染はチェレンと正反対で誰とでも仲良くしようとするやつだったとトウヤは思い出す。えへへと笑うベルが一瞬トウヤと旅をしているという言葉に不思議そうな顔をしたが、すぐにトウヤを見てはニマニマと笑った。
「……なんだよ」
「へぇ~。トウヤと旅してるんだねぇ。私のことはベルって呼んでね! ねえねえ! はトウヤのこと好き?」
「えっ? いい人だと思うけど……」
「うん、そっかぁ! よかったねえ」
 頭の上に疑問符を浮かべるを他所に、ベルはにっこりと笑う。明らかにさっきの「よかったねえ」は俺に向けられたのだと分かった。ベルは普段どんくさくてドジの多い奴だけど、なぜか恋愛面では聡い。女の子特有の目敏さなんだろうか。これ以上言われてはたまらないと、俺は話題を変えることにした。
「ところでなんでベルはここに来たんだよ」
「えっとねぇ私はね、ここに不思議なポケモンがいるって聞いて来たの!」
「不思議なポケモン?」
「うん! あ、そうだ! も一緒に探そうよ!」
 そう言ってベルはの手を掴んで走り出す。突然のことには引っ張られたままそのままついて行ってしまった。トウヤも一瞬呆気にとられた後、二人を追って駆け出した。

「いないねぇ……」
「奥まで来たと思ったんだけど……」
 引っ張られたその先でベルたちは不思議なポケモンを探すも見つからなかった。不思議なポケモンと言ってもどんなポケモンなのかよくわからない。俺はため息をついた。
「ガセネタに騙されたんじゃねーの」
「そんなことないもん!」
 ベルそういうのすぐ騙されるからな。そう言えば否定するベルと俺の会話に突然喧嘩が始まったように見えたのかはオロオロとし始めた。喧嘩というかいつもの幼馴染のじゃれあいみたいなものなんだけどなと、誤解を解こうと話しかけようとしたとき、はこちらでもベルでもない違った方向を見つめていた。
……?」
「ちょっと黙って。……なにか聞こえない?」
「え?」
「ほらまた。……こっち」
 が途端に駆け出す。俺もそのあとを追いかければ、後ろの方でベルが「待ってよぅ!」と情けない声を上げた。走れば走るほど俺にもその「何か」が聞こえだす。これは鳴き声だろうか。
「居た!」
 が叫ぶ。トウヤも追いついてみればピンクの丸いポケモンがそこに浮かんでいた。ぜえぜえと息を切らしながら遅れてベルが到着する。そしてそのポケモンを見て「ムンナだ!」と声を上げた。
「ムンナ?」
「あ、待ってえ!」
 唐突に表れた俺たちに驚いたのかムンナは廃墟の奥へと逃げようとする。ベルが走ってそれを追いかけようとした。俺たちもそれに続いて走り出すが何かがおかしい。
 足音の数が多い。