初のジム挑戦を終えた後、日はすっかり暮れてしまっていた。ジムから出た俺は一気に疲れが体にのしかかってくるような感触を感じた。あれほど緊張していたのが、バトル中は高揚感でかき消されていたが、終わってしまった今かき消してくれるものはなくなって緊張だけが俺に残っていた。すごいだるい。
疲れ果てた俺に気が付いたのかがポケモンセンターに行こうと誘う。俺はそれに反対するわけもなく二つ返事で賛同した。
「一部屋しか空いてないんですか?」
「申し訳ありません……。ただいまほとんど満室でして、ご用意できるのが一部屋しかなくて……。こちらは2人部屋ですので、すぐにご用意できるんですが」
その言葉に俺はを見る。2人部屋。同じ部屋でと俺が一晩寝る。そう考えただけで顔が熱くなるような気がした。
「私は別にそれでも大丈夫です」
「えっ」
「トウヤくんは嫌?」
思わず声を上げてしまった俺には首を傾げて俺を見る。別に嫌とかそういうわけじゃない。むしろ嬉しいというのが本音だ。でもそれだけじゃないというのも本音だ。嬉しいけどそれと同時に恥ずかしい。異性同士なのに同じ部屋だっては気にしないんだろうか。……気にしてたら大丈夫なんて言葉は出ないだろう。なんだか俺だけが意識してるみたいで、ちょっと残念になった。
「俺も同部屋気にしないよ」
「なら決まりだね」
そうして案内された2人部屋は広かった。2人が入っても窮屈に感じられないよう広さが確保されているので当たり前ともいえる。部屋に案内された直後、俺はにベッドに押し込まれていた。
「今日は疲れたんだろうし、早く寝ること。旅は元気が一番大事だからね。そしてその元気を支えるのは快眠なんだから」
そう言ってはぐいぐいと俺をベッドに押した。
確かにが言うことは正しい。でも俺はそれどころじゃなかった。だってぐいぐい通してくるがすごく俺に近い。きっとにそんな気はないんだろうけど。好きな人と同部屋で至近距離。これで意識しないって方が無理だ。
「さっきから顔赤いよ? 本当に疲れてるんじゃない? 熱を出す前にほら早く寝る」
確かに顔は熱いが、絶対熱とかじゃない。むしろ元凶はだ。思わずそう言ってやりたかったが、ぐっと抑えた。ぐいぐいと押されて渋々ベッドに入る。ベッドに横になれば、自然とこちらを見下ろすを見上げる形になった。は横になった俺を見て満足したのかにんまり笑った。
「ちゃんと休んでね」
そう言うの声がだんだん遠のいていく気がする。瞼が少しずつ重くなっていく。あれ、本当に俺、疲れてんのかな。そのまま俺の意識は途絶えた。
すうすうと聞こえてきた寝息を確認する。ふうと息を吐いた。まさかこんなにすぐに寝てしまうなんて。すぐ寝るのは予想の範囲内だったけど、ここまでとは思ってなかった。本当に疲れてたんだろうなとその整った寝顔を見て思う。その時照明によってできた私の影がゆらりと揺らめいた。思い出したように影へ手を振れば、また私の影は揺らめいて動かなくなった。あとで功労者のこの子にご褒美をあげなくては。そう考えながら、私のバッグが放り投げられているもう一つのベッドへ向かう。バッグの中からポケギアを取り出して、部屋を後にする。きっと起きることはないけれど、彼を起こしてしまわないようにドアを静かに閉めて。
外に出れば暮れていた日はすでに落ちて、満点の星空がきらめいていた。イッシュは私の地元よりも都会だ。都会は星が見えにくいというけれど、そんなことはないんだなと思いながら、星明りとポケギアの光を頼りに見知った番号を押す。この番号は登録していない。きっとする意味もない。いつかは変わってしまう番号なんだと思うから。それでも彼と今連絡を取れる番号はこれしかないから、頭の中に叩き入れた番号を入力する。
受話器のボタンを押して、ポケギアを耳に押し当ててから数コール。忙しいこの人はすぐに出ることは少ない。でもこの報告は義務だから、忙しい彼に合間を縫ってもらって報告するしかないのでたまに申し訳なくなる。
「お久しぶりです。です」
数年ぶりに聞く声が返ってきた。前に連絡をとった時は文面上のものだったから、声を聞くのは本当に久々だ。
「お約束通り、イッシュに来ました。ええ、もちろん目的は明かしてませんよ。観光目的で来たって言えって指示出したのは貴方じゃないですか」
観光目的。そう言った時、なぜだかトウヤの顔が脳裏を横切った。トウヤはきっと観光目的という私の言葉を信じているのだろう。そう考えると胸が痛む。目的のためとはいえ、人を騙すというのはいつでも心が痛むというものだ。
「はい。今はある少年と旅をしています。その方がきっと情報を得られると思いまして。それに自分は旅という形式のほうが得意ですし。ええ。ええ。抜かりはありませんよ」
相手の声が少しくぐもったように感じる。巻き込んでしまったことを申し訳なく思っているのだろうか。別に気にする必要なんてないのに。イッシュに来た目的はこれもそうだけど、自分自身のエゴで来ているのもあるんだから。
「そんな気になさらないでください。4年前はそんなに気にしてなかったじゃないですか」
くすくす。そう笑えば相手はからかわれたのが分かったのか、少し拗ねたような語気に代わる。昔っからちょっと単純な人だ。すべてが終わった時スロットコーナーに居たのを見つけたときは思わず笑ってしまったのが懐かしい。
「ええ。わかっています。すべてはプラズマ団の……ためにですから」
ピッと通話が切られる。ポケギアをしまってポケモンセンターへの帰り道を歩き出す。
トウヤ起きてないかな、起きてないといいけど。でもぐっすりだったし、きっと起きてないだろうな。トウヤのことを考えるとなんだかずしりと心に重りを付けたかのように気分が沈む気がした。吹いた風が冷たい。春先とはいえまだまだ夜は寒い。気分が沈むのもこの寒さのせいだ。そう思いながら私は夜道を歩いて行った。