「ヨーテリー! 戦闘不能!」
 いつの間にか現れていた審判の言葉に俺は密かにガッツポーズをする。俺のミジュマルの水鉄砲がヨーテリーに炸裂し、ヨーテリーが苦悶の表情を浮かべてはばたりとそこに倒れ伏した。同時に軽やかな音が鳴る。図鑑から鳴ったその音はミジュマルのレベルが上がったことを示していた。対するデントはヨーテリーを気遣いながらボールへと戻す。
「どうやら推薦を受けただけはありますね……、でも僕の切り札に勝てるますか?」
 そう言ってデントはまた新しいボールを手に取り投げた。出てきたのは緑色のポケモン。先ほど出ていたヨーテリーはノーマルタイプのポケモンだった。それに対してこちらはデントが切り札と称したポケモンだ。ミジュマルに不利なタイプ、すなわち草タイプのポケモンとはこいつのことだろう。一体倒したとしても、まだまだ気は抜けないということだ。俺は深呼吸をする。
「ミジュマル、気合溜めだ」
 俺の言葉にミジュマルは気合を溜め出した。そのミジュマルを見てデントはふふと笑う。
「いいんですか、折角のターンを逃してしまって」
「……いいんだよこれで」
 デントの挑発的な笑みに俺も笑い返すが、その心の中は焦りでいっぱいだった。が言ってくれた「作戦」があるといえど、それはうまくいくかなんてわからない。実際この「作戦」は運頼りのところが大きかった。その運を俺が引き寄せられるか、このジムで勝つかどうかはその一つに集約しているのだから。
「ヤナップ! つるのムチ!」
 素早く放たれたつるにミジュマルはなす術もなくその技を全身に食らう。タイプ一致、しかも不利なタイプの渾身の攻撃を食らったミジュマルはふらりと倒れかけるがなんとか持ちこたえてはその足で立て直した。
「ミジュマル、大丈夫か」
 ミジュマルは少しだけ振り向いて、俺に頷き返す。でもその口からはぜえぜえと荒い息をついており、なんとか立ち上がったその足はおぼつかなかった。あと一発。耐えるとしてもあと一発だろう。だから次のターンでヤナップを仕留められなければ俺たちに勝ちは、無い。
「踏ん張れよ……ミジュマル!」
「いいえ、これで終わらせていただきます! もう一度つるのムチ!」
 今度の攻撃は素早かった。反撃を許さないかのように再度繰り出されたムチがミジュマルを捉える。ふらふらのミジュマルにはそれを避けられる訳もなくムチの猛攻を全身で受けては、反動で後方へと吹き飛ばされて土ぼこりを舞わせた。
「どうやら勝負が着いたようですね」
 舞った土ぼこりをみてデントが笑った。土ぼこりはまだ収まらない。その中でミジュマルの動く気配もない。審判が手を挙げた。
「ミジュマル戦闘不能! 勝者、」
 審判の声が止まった。いや違う。審判の声をある音がかき消したのだった。がさり。だって聞こえるはずのない音が土ぼこりから聞こえたのだから。
「シェルブレード!」
 指示をとばせば、土ぼこりの中から貝殻がヤナップを両断する。まさか攻撃を食らうなんて思っていなかったのだろう、ヤナップは自分に襲い掛かる貝殻を避けることなくその体で攻撃を受け止める羽目になった。それが決め手だった。ヤナップはそのまま後ろに倒れ、起きてこなかった。
「や、ヤナップ戦闘不能……。勝者は挑戦者、トウヤ!」
「ど、どうして……、ミジュマルはつるのムチで倒れたはずじゃ……」
 デントがヤナップをボールに収めながら呆気にとられた声を出す。俺はバトルフィールドに足を踏み入れて、今回の勝者を迎えに行った。そしてようやく土ぼこりが収まる。そこには凛と立つミジュマル。その手には一口齧られたオレンの実が。
「どうしてって、こういうことだよ」
 な、と笑いかければミジュマルが自信満々に笑った。
「オレンの実……。そうか! 1発目のつるのムチを食らった後にこっそりとミジュマルはオレンの実で回復を!」
「そ、それでなんとか2発目を受けきれるだけの体力を確保してたってわけ」
「で、でも、ヤナップがシェルブレード1発で倒されるなんて、」
「急所だよ急所。気合溜めしてたろ? あれで急所に当てる確率を上げてたってわけ。まあ当たるかどうかは運頼みだったけどな」
 そう言ってミジュマルの頭をなでる。今回の功労者は満足げに鳴いてはもっと撫でろと催促するのだった。

 そう、「作戦」とはこれだった。
「急所でゴリ押すう?」
「そう、レベルの上がってるミジュマルに急所へ攻撃を当ててもらってゴリ押す。タイプ不利とはいえ急所への攻撃は強烈。当てさえできればこっちのもんだからね」
 ここまでミジュマルだけで旅をしていたこともあってミジュマルはそれなりにレベルが上がってきていたのだ。それこそポケモンをあと一体倒せば、威力75の技シェルブレードを覚える一歩手前までには経験値を稼いでいた。それでも向こうのタイプ不利の攻撃やこちらの攻撃が半減するのは驚異的だった。だから俺たちにできるのは、急所狙いで高威力のダメージを叩きだすことだった。
「まあ、急所に当たるかなんて完全な運だけど。ミジュマルは気合溜めを覚えてるみたいだし、できる限り当てる確率は上げられるはず」
「……そんなので勝てんのかな」
「でも、運も実力のうちだし。それくらいの運、頑張って引き寄せてねー」
 名付けて「ゴリ押し作戦」。はいとも簡単に言ってくれたが、実際それ以外の策も何もなかった俺はこの作戦を実行するしかなかった。保険としてチェレンからもらったオレンの実をミジュマルに持たせたが、結果的にこのオレンの実が勝利への一歩となったから偶然とは怖いものだ。

「……なるほど、君は運を引き寄せたんですね」
「運で勝つってのは卑怯ですか」
「いや、運もまた試合を左右するものだからね。君に運があってぼくにはなかった。それだけのことです」
 ふふ、と笑ってデントは手を差し伸ばす。
「さすがですトウヤさん。いい勝負でした」
 俺も手を伸ばしてデントの手を握る。デントは力強く握り返し、手を離した。そして再度伸ばされた手の上にはきらりとバッチが光っていた。
「これはトライバッジ。あなたがジムに勝利した証です」
 ぱちぱちぱち。バッジを受け取ると、唐突に後ろから拍手をされる。おどろいて振り返ればそこには今まで何処にいたのか拍手するが。
「初のジム勝利おめでと。全部見てたよ。まさか本当に急所に当てれちゃうなんてね」
「こっちは内心ハラハラだったけど」
 抗議の意を込めてジト目で返せば、勝てたからいいじゃん。と苦笑いが返ってくる。
「本当、強烈でした。貴女が推薦するのも納得でしたよ」
 デントが笑う。……さっきから推薦推薦って何の話? というか、この文脈だとが俺を推薦したのか?
「うん。私がトウヤを推薦したの。ジムに挑戦する有望な少年がいるって」
「なんだよそれ聞いてない」
「だって言ってないもん」
 追求するように睨めば、バツが悪そうにが目をそらす。なんだよ有望な少年がいるって。なんだか恥ずかしい。がそうやって俺のことを見てくれていたのだと思うと、恥ずかしさとは違う何かが顔を熱くした。
「でもさんの言う通りでした。確かに有望な少年でしたと他のジムにも伝えておきますよ」
「あ、よろしくです~」
「……なあ。推薦ってこのジムだけだよな?」
「ううん。イッシュの全てのジム」
 あっけらかんと言うに俺は頭を抱えた。
「全てのジムって! 俺、プレッシャーがちょっとすごいことになってきたんだけど」
「大丈夫だって~、なんとかなるよ~」
 軽々と言うに肩を落とす。何気なしに始めたジム巡りだが、なんだか大仰なことになってきた気がする。
 それにしても、イッシュの全てのジムに推薦ができるっていったい……。

ってさ、いったい何者?」
「ご存じないのですか? さんは」
 そう言いかけたデントの口をがふさぐ。そしていたずらっぽく「ひみつ」とは笑うのだった。