「旅に出るんだったらジム巡りとかしてみるといいかもね」
そういった彼女につられてやってきたのはサンヨウシティ。カラクサタウンから直通で来ることのできるこの街は、彼女の言ったジムの一つが置かれている大きな街だった。ジム巡りは一種の力試しみたいなものとは言う。旅をするのに力は必要だ。その力を測ってくれるというのならこちらとしても好都合だろう。旅にこれといった目的のない俺はジム巡りをしてみることに賛同した。
ジムに挑む前に野生ポケモンと戦って疲れたミジュマルをポケモンセンターで癒してもらう最中、ポケセン内に置かれた冊子をが手に取る。ぱらぱらとページをめくり、あるページで手を止めては感嘆の声を上げた。
「見て見て! ジムがレストランなんだって!」
が開いているページに自分も目をやると、そこには3人の男性がウェイターのような姿で写っていた。ジム内の写真も掲載されていて、中が長閑な雰囲気をもったレストランであることが分かった。こういう落ち着いたレストランでと一緒に食べに行けたら楽しいだろうな。そう思ったが、すぐに財布の中身を思い出した。俺はまだ旅を始めたばかりで、こんなレストランで豪遊できるほどのお金は持ってない。と一緒にご飯を食べて見たかったという理想ははかなくも崩れ去った。
「ジム挑戦したらさ、一緒にここで食べようよ」
「えっ。でもお金が」
「お金? 私余裕あるから大丈夫だよ?」
さも当たり前のように言う。そういえばは観光目的でイッシュに来ていたと言っていた。観光用に持ってきているのか、ちょっとお高めのレストランでも払えるくらいのお金は持っているようで、あっけらかんとしたその答えになんだか悔しくって肩を落とした。
「あ、でもここのジム特殊なんだね……。ちょっと難航しそうかも」
ぱらり。もう1ページ捲った彼女の顔が曇る。ちょうど俺は名前を呼ばれてミジュマルを受け取りに行っていたから、彼女が見ていたページを見ることはできなかった。難航しそうって何の話なんだ。腕の中でミジュマルが首を傾げた。は俺の腕に抱えられたミジュマルを凝視して「……水」と呟く。確かにミジュマルは水タイプだけどそれがどうかしたんだろうか。
「トウヤ。水タイプに不利なタイプってわかる?」
「えっ、と。不利ってことは草だよな?」
「正解。で、その草が不利なタイプは?」
「炎。さすがにそれくらいわかるよ」
疑問符を浮かべる俺を他所には冊子を閉じて頭を抱える。
「トウヤって手持ちの子ミジュマルだけだよねー……今まで炎タイプの野生なんて見なかったしどうしようかなぁ……」
冊子を元に戻したはうんうんと唸る。あーとかうーとか唸って首を傾げていた彼女がたたき出したのはある施設だった。
「トウヤー……トレーナーズスクール行かない?」
別に今すぐにジムに挑みたいわけでもなかった俺は彼女の提案を二つ返事で了承してはトレーナーズスクールに来ていた。カノコのそれよりも大きい校舎に少したじろいだが、お邪魔しますと声を上げて入っていくに置いて行かれないよう俺は彼女の後に続いた。
中に入ると理路整然とした教室がそこにあった。きれいに並べられた机と椅子。それらの前に置かれた教卓。そして教室のどこからも見えるように大きい黒板。その黒板の前に立っているのが一人。
「……チェレン」
「もしかして知り合い?」
その言葉に答えるよりも先にチェレンが振り返る。
「誰かと思えばトウヤか。それと……」
「どうも。っていいます。よろしく」
「……誰、この人」
の自己紹介に眉根を寄せるチェレン。チェレンが不思議に思うのも仕方ない。俺だって久々に会った幼馴染が知らない人を連れていたら同じ反応を返すと思う。
「縁あって今一緒に旅してる人」
「縁あってって……、まさか見ず知らずの人と旅してるのか君は!」
「…………一目惚れしちゃって。可愛いし」
信じられないとでも言いたげなチェレンにには聞こえないように声のトーンを落として話す。もし聞こえてたら俺絶対恥ずかしくて死ぬ。チェレンは俺の一目惚れという言葉を聞いた瞬間、半目になっては「トウヤってそういうタイプだったんだね」とやはり若干引いたような声を出した。俺だって意外なんだよ。まさか一目惚れするなんて旅をするまで思わなかったし。チェレンはいたたまれなくなって目線をそらした俺にため息をついたあと、に向き直る。
「ぼくはチェレン。トウヤの幼馴染なんだ」
そう言ってチェレンは手を差し出す。もそれに対して手を出してその手を握った。傍目から見れば初対面の二人が気さくに挨拶をしているようだったが、チェレンの目はを探るかのようにじっと彼女を射抜いていた。
「……どこかで会ったことが?」
「ないよ。キミとは初対面」
「ふぅん。なんだか初めて会った気がしなくてね。まあよろしく」
安穏とは言い難い自己紹介が終わったあと、チェレンはぱっとの手を放して俺の方を向く。
「それで二人はジムリーダーを探しにここに来たのかい?」
「いや。ジムリーダーがここにいたのか?」
「さっきまでここでポケモンのタイプについて話し合っていたんだけどね……。すれちがったんじゃないか?」
がチェレンの言葉に首を傾げた。俺もジムリーダーらしき人に出会った気がしないのできっと入れ違いのような形になってしまったのだろう。ここにはジムリーダーに会いに来たわけじゃないが、折角居たというのなら会ってみたかった気もしなくはない。
「ところでさトウヤ。ぼくと勝負してくれないか」
チェレンの唐突の申し出に面喰いながらも頷く。を見れば少し遠くの椅子に座ろうとしているところだった。彼女は観戦するということだろうか。そういうことならカッコ悪いところなんて見せるわけにはいかなくて、俺はボールを掴む手を力ませた。
結果を言えば俺の勝ちだった。ミジュマル一体の俺に対して、チェレンの手持ちは効果抜群のツタージャに二匹目はチョロネコだったが、サンヨウに来るまでにミジュマル一体だけで駆け抜けてきたこともあって、俺のミジュマルはタイプ不利であろうと数の差があろうとそれを覆すだけの力を手に入れていたようだ。ミジュマルをボールに戻せば、チェレンも同時に戦闘不能になったチョロネコを抱きかかえているところだった。
「負けたよトウヤ。ぼくもまだまだね」
「勝ったと言ってもゴリ押しただけだからな……。俺もチェレンみたいに道具を使った戦略とか考えなきゃジムリーダーに勝てない気がするよ」
お互いの健闘を称えあった後、自身の戦略に使っていたオレンの実を分けてくれた。そして、今席から立とうとしているの方を見ては、
「今のところは深くは探らないけど。素性を隠している以上、きっとぼくらには公にできない何かがあるはずだ。簡単に気を許すべきじゃない」
と言って去って行ってしまった。そんなチェレンとすれ違う形でが俺の方へと歩いてくる。
「……嫌われちゃったかな」
「アイツ誰に対してもあんな感じだけど。そのうち仲良くなれると思うよ」
俺の言葉に安堵したようにが息を吐いた。俺はその顔を見つめる。初対面ということもあって彼女は緊張していたのかもしれない。緊張の糸がほぐれたようにその表情に柔らかな笑みを浮かべるその顔を見て俺は安心する。確かに彼女の素性は明かされていない。でもこんな柔らかい表情を浮かべる彼女がチェレンの言うような怪しい人物には到底思えなかった。
「そうだ。とりあえず外に出よっか。思いついたんだ。ジムの攻略法をね」
はその言葉とともに表情をいたずらっぽい笑みに変える。その表情が少し頼もしく見えたものだから俺もにうなずき返した。