いろいろ考えたけれど、ドアの外で待たせている狛枝君や狛枝君のことを待っているのだろう二人のことを考えると、やはり申し訳なくなってきて、私はドアを開けることに決めた。カムクラ君の言葉がまた頭にちらつくが、多分思い過ごしなんだろうと考えることにした。
 『僕達』と言っていたけど、ただ他意もなく帰ってくるまでドアを開けるなということだったんだろう。まさか狛枝君が忘れ物をして途中で帰ることになるなんて流石のカムクラ君だって予測なんてつかないだろうし。
「うん、今開けるね」
 私は手を再度鍵に伸ばして今度こそくるりとひねる。カチャン、という確かな開錠の音を聞いて私はドアノブに手を動かす。
「アはは、ありがとう」
「忘れた資料どこにあるのかちゃんとわかる? 分からないなら一緒に探そうか?」
「大丈夫。その必要はないよ」
「そう?」
「うん。もうだって」

「入れたから」

 むわりとする夏の暑苦しい空気。まとわりつくような嫌な空気がドアを開くと同時に室内に広がる。その嫌な空気に一筋の汗がつうっと背中を伝って、気持ち悪さと不快感、身の毛のよだつような寒気が夏だと言うのに全身を駆け上がった。
「……え」
 ドアを開けた先には、誰も居ない。
「狛枝君?」
 私が想定していた人物はそこにはいない。見えるのは何もない廊下。人影さえもない。
「どこ……? か、からかってるなら怒るよ!」
 誰も居ない廊下に私の声だけが響く。
 ありえない、こんなことはありえない。だってさっきのさっきまで、ドアを挟んで私たちは会話をしていたのだから。私が施錠を開けてドアを開くまでのたったこの一瞬で、人ひとりがどこかに去ることができるなんてそんな時間も隙間もないのだ。
 さあっと血の気が引くのが分かる。額から落ちる汗が異様に冷たくて、カチカチと奥歯が上手く合わさらない。
「開けてくれてありがとう」
 私の後ろから声が聞こえる。私以外居なかったはずの部屋の方から声が聞こえるというのは、それはやっぱりあり得ないことで、私はようやく自分の選択が間違っていたことに気が付いた。
 瞬時冷えた脳にカムクラ君の言葉が浮かび上がる。ああ、そうだ。彼の言う事をちゃんと守っておけばよかったのだ。そうすればこんな目には合わなかったのに。
 振り返ると同時にヒトではない何かが私に襲い掛かるのが見えた。目の前が真っ暗になっていく中、最期に聞こえたのは粘着質な音と鈍い何かが砕ける音だった。

「……あれ、開いてる。鍵閉めたと思うんだけどな」
 狛枝がカムクラと一緒に帰ってきたのはあのインターホンからは暫く後のことで。二人いっしょに帰ってくるも、不用心にも開いていた自分の部屋のドアに狛枝は首を傾げる。
さんが留守番してくれてたし別にいいか。盗まれて困るものもあるわけじゃないし」
 狛枝が靴を脱いで部屋に上がると既にもぬけの殻になった彼の部屋を見て目を丸くする。居ると思っていたの姿が見当たらないのだ。
「帰っちゃったのかな……。鍵を開けたままなんて不用心がすぎるけど」
 そう首をひねる狛枝の後ろからカムクラも玄関ドアから部屋へと入る。しかし、狛枝のように部屋に入るのではなく玄関でぼんやりと立ち尽くすと、そっとドアノブを自分の手で撫でた。
「だから言ったのに」
 落胆のような、失望のような、そんな言葉を零すと、ふぅと息を吐いてドアノブをガチャリと回す。そんなカムクラの様子を確認しようとしたのか狛枝が部屋から玄関を覗き込む。
「もう帰るの? そうだ、さんに会ったら鍵を開けたままは流石に不用心だから気を付けてって言っておいてくれる?」
「そうですか。分かりました」
 ドアを開けて廊下の熱気が部屋の中へと差し込む。廊下には誰も居ない。
「まあ、二度と会うことは無いでしょうが」 


BAD END1 「永遠の後悔」



TRUE ENDへのヒント1
返事をしないでください。


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