
私はそれを手に掴むと、慣れた手付きで手の中でそれを弄ぶ。落とした視線でそれが着実に動作しているのを確認して、私はドアを見上げた。
「ごめんね、最後にもう一個だけ質問するよ」
ドアの向こうの何かは黙っている。私の質問を待っているのか、それとも。
「忘れ物は資料なんだよね? スマホはちゃんと持っていったんだよね?」
「そうだね。忘れたのは資料だけだよ。流石のノロマなボクでもスマホを忘れたりはしないよ」
「そっか。じゃあなんでスマホの音が聞こえないの?」
「……は?」
先ほど手の内で私が弄っていたもの。それは私のスマホ。その画面にはよく見慣れた通話画面。通話先は勿論狛枝君。まあ、まだ繋がってはいないんだけどね。
「実はねさっき狛枝君に電話かけてたんだ。まだつながってないけど……、それでもコール音はするはずだよね? でも、それがこのドア越しでも聞こえてこないのはどうして? おかしいよね?」
「それは……、今日はマナーモードにしてるから……」
「今日は? それはありえないよ。狛枝君はマナーモードにはしてなかったんだから」
狛枝君がここを出ていくきっかけになった出来事を思い出す。
読書中、大きな着信音が狛枝君のスマホから鳴ったのがきっかけで彼はここを出発したのだ。準備の間は結構急いでいたからあの少しの間だけでマナーモードに変更しているというのは考えづらいし、その後マナーモードに変える理由もない。なんなら、この目の前の何かは「今日はマナーモードにしている」という明らかな矛盾の失言をした。この目の前のものが、狛枝君であるはずが無いのだ。
「あなた、誰?」
私の問いかけにドア越しの何かが黙る。
「あなたは狛枝君じゃない。あなた、誰?」
答えは、ない。
沈黙は続く。ドア越しの何かは答えない。
ガリッ。
何かがひっかいた音がする。
「あけて」
ガリガリッ。
「あけてあけてあけて」
何かが、ドアをひっかいている。
「開けないよ」
「あけてあけてあけてあけてあけてあけて」
ドアノブがグルグルと回って、扉がどんどんと力強く叩かれる。力のままに叩かれるドアはガタガタ揺れてこのまま破られてしまうんじゃないかってそんな嫌な想像が頭をよぎる。
「あけてあけてあけてあけてあけて」
「嫌」
何度も何度も叩かれてひっかかれて回されて。力任せに開けようとする何かに、震える足に叱咤しながらドアが破られないように必死に体重をかける。ドア越しに伝わる振動がそのまま自分の体を震わせているようで恐ろしい。
どれだけそうやってドアに身を任せていただろう。
「ちぇ……つまんないの」
心底残念そうな声がドア越しに聞こえて振動が止む。
「ま、いっか。返事はしてもらえたんだし」
ケラケラと嘲笑うような声が遠のいて行く。
「じゃあね。さん」
その声を最後に声は聞こえなくなった。
あの声が聞こえなくなった後。私はあの何かがまた戻ってくるんじゃないかって気が気じゃなくて玄関にへたり込む。足に力が入らなくなってた。それに、もう私には立ち上がる気力も本を読みなおそうとする気も何も起きなかった。
「うわっ、どうしたのさん」
その後帰ってきた狛枝君が玄関に座り込む私を見てぎょっとした顔をしていたのは言うまでも無い。そんな反応をされても、いろいろとありすぎて情緒がバグっていた自分は狛枝君の顔を見るなり玄関に座り込んだままワンワン泣いて、更に狛枝君をビビらせることになるのだが。ちなみにその様子を冷めた目で見ていたカムクラ君が「まあいいんじゃないですか。生きてるなら」と飄々と言ってのけて、全く状況に理解が追いついていない狛枝君の頭上に新しいはてなマークを増やすことになった。
しかし、カムクラ君よ。君は最初からこうなることを見越して助言を残していたんだろうか。そうなんだとしたら、君のその分析力はどれだけなのだか。でもそのおかげで助かったのだから、今度何かカムクラ君に奢ろうとそう思う。
結局、何もわかっていない狛枝君に私が一から説明をすると、彼は「え、それすごく面白そうだね。ボクも体験してみたかったなあ」なんて言うものだから、私の(八つ当たりも含む)制裁が下されたのは言うまでもない。狛枝君のバカ、キミも痛い目に合っちゃえばいいんだ。
もカムクラも自室に帰った深夜。狛枝だけが残った自室にノック音が響く。
「狛枝君、私、です。あのね、さっき狛枝君の部屋に忘れ物しちゃったみたいで。お願い、入れてくれないかな」
BAD END2 「エンドレスエンドレス」
↓
TRUE ENDへのヒント2
怪異によって鳴らされたインターホン。それに〇〇をする前の一行の空白を反転すると……。
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