ノック 下

 誘拐犯の女とその息子が、まだこの家の中に居る。
 すぐには理解できなかった。噛み砕いて、その言葉の意味をゆっくりと脳に染み込ませる。ようやく理解し、最初に出てきた感想は「そんな馬鹿な」だった。
「そんなこと……」
「無いと言い切れますか? あなた、狛枝が言ってた、犯人の女が失踪する前に残した、遺書らしき手紙の内容覚えてますか? 確かな情報じゃないかも知れませんが、『息子の元へ行きます』って言葉は、『息子の居場所』を知っている者の台詞だと思いませんか」
「……何年も行方不明で、死んだものと思ったんじゃない?」
「個人的な視点になりますが、僕はそうは思いません。息子のために、白熱灯ならまだしも、部屋の窓を潰すような母親ですよ?」
「でも、だったら……、行方不明は、狂言だったってこと?」
「さあ。それは分かりません」
「狂言なら、まさか、二人共生きてる……?」
「いえ。少なくとも息子は死んでるでしょう。だから、彼女は誘拐事件を起こしたんです。動機については、警察の見立てで間違ってないと思います」
 いなくなってしまった息子への想いから、同じ年頃の男の子を誘拐しては、数日間だけ一緒に暮らす。息子と同じ部屋に閉じ込めて、息子と同じように会話をしようと話しかける。
「つまり。僕は、母親は何らかの理由で死んでしまった息子の死体を、どこかに隠し、周りには行方不明になったと伝えた、と考えてます。認めたくなかったのか、他の理屈が働いたのかは知らないですが」
 そして、一人に耐えきれなくなった母親は誘拐事件を起こす。息子の部屋で子供と接することで、自分の子供は生きていると思い込みたかったのだろうか。
 けれども、その行為を数回終えたところで悟ったのだろう。所詮、彼らは自らの息子じゃないのだから。
「でも、何で、その二人の死体が『この家にある』 って分かるの?」
「別に分かってるわけじゃないです。ただの希望的確率論。自分の一人息子なんだから、少しでも傍に置いときたいと思うのが人情でしょう」
 そしてカムクラ君は壁を二度、コンコンとノックする。
「……そして、だから、あなたは今日ここに来たんですよ」
「は……?」
 紙風船から空気が抜けたような間抜けな音が私の喉から滑り落ちる。
「……私が、何?」
「言っておきますが、今僕が言ったのは、未だ真相でも何でもありません。全て想像と憶測の産物です。ただ、あなたも、僕と同じように考えたに違いないんです。否定しますか? あなたは無意識下の元ロジックを組み立てたんですよ。そうして、それを探したい、見たいという欲求が、ノックの音になって意識下に現れた」
「えっ、え、ねえ、何でカムクラ君にそんなことが分かるの」
「あなたに聞こえるノックの音は、僕には聞こえない。だとすれば、それはあなたの中で鳴っている音でしょう。あなた自身が脳みそをノックしてたんですよ」
「そんなこと言ったって、私は、この家の子が日光に触れちゃいけない体質だったなんて、初めて聞いたよ?」
「数年前に、この事件が世間で話題になった時、そのくらいの情報は流れたでしょうね」
「し、知らないし、見てないし、覚えてないし」
「覚えてなくたって、ちらりと見やっただけの情報も、脳はちゃんと保存しているものです」
 そんな馬鹿な、と言おうとしたけれど、それより早くカムクラ君が口を開く。
「じゃあ聞きますが。、あなたはこの家に入ってから、ノックの音は聞きましたか?」
 その言葉に私は絶句する。
 確かにそうだ。この家の中に入ってから、それまで私を誘導していたノックの音はぱたりと止んだ。まるで、その役目を終えたかのように。
「その音の役割は、あなたを、親子二人の死体がある『らしい』この家に連れて来ること。ここまでは無意識下で組み立てられても、肝心な死体がどこにあるかなんて分からないので。誘導しようがない」
 私は目を瞑り、後ろの壁にもたれかかる。身体から、どっと力が抜けてしまったようだ。
 カムクラ君が小さく笑って、私の肩をたたく。
「もう、ノックが聞こえることは無いでしょう。まあ、喜びましょうよ。狛枝にいい土産話が出来たじゃないですか」
 全く慰めになってない。私は力なく笑った。
 それは結局、私は自身の思い込みに従い、大きな大きな無駄足を踏んだということだ。
「帰りましょうか」というカムクラ君の言葉に、私は黙って頷いた。
 トボトボとカムクラ君の後ろをついて家を出ることにする。当初、ノックの主に呼ばれているだなんて思っていた私が馬鹿みたいだ。
 それでも。と頑張って思い直す。今日の体験が、非常に不思議で、なおかつドキドキワクワクして面白かったことは間違い無い。ノックの音に誘われて、私はこんなところまで来てしまい、そこで起こった事件の裏の一面を、少しでも垣間見たかもしれないのだ。
 まあ、良い体験をしたと思おう。

 玄関のある部屋まで戻る。カムクラ君はもう靴を履いて外へ出ていた。
 これから、あの外した玄関の戸を元に戻さなくてはいけない。立つ鳥跡を濁さずってわけだ。その時、ズボンのポケットの中で携帯が振動した。電話だ。誰だろうと思い取り出してみると、それは狛枝君からだった。
 少し早めに恥ずかしい土産話を披露することになるのだろうか。一人で苦笑いしながら、私は外に居るカムクラ君に「狛枝君から電話」と伝えて、玄関の段差に座り、通話ボタンを押した。
『やあ。僕だよ。昼に電話くれてたけど。何か用?』
 どことなく陽気な狛枝君の声。
「え? 狛枝君、まさか今起きたの?」
『そうだよ』
 確か時刻はもう五時に近いはずだ。
「遅いよ。何時だと思ってるの、もう夕方になるよ?」
『別にいいじゃない。ところでそっちの要件は何だったの』
 う、と言葉に詰まってしまう。カムクラ君の方を見ると、そっぽを向いて欠伸をしていた。
「……ノック」
『はぁ?』
「ノックだよノック。そのノックのせいで、精神的にもノックアウトしちゃって。もうまいっちゃったよ」
 やけくそになって、私は床を拳で軽くコンコンコンコンと叩きながら「あはは」と笑う。上出来な自虐ギャグだ。
 自分でも可笑しかった。可笑しくて笑う。床を叩いて笑って、そして私は笑うのを止めた。電話の向こうで狛枝君が何か言っている。でも、何を言っているのかまるで聞こえない。
 床を叩く。
 コンコン。
 もう一度、違う場所を。
 コンコン。
 立ち上がって、携帯を切った。
 外と室内を繋ぐ四畳半程の部屋には、カーペットが敷かれている。
 最初に入って来た時も見た、渦まき模様の丸いカーペット。私はその端を持ち、少しめくってみた。カーペットの下は板の間で、そこには半畳程の大きさの正方形の扉があった。
 心臓が音を立てて鳴っている。頭の中を様々な思考が飛び交っているのに、何も考えることが出来ない。
 それは、取っ手の金具を引き出して上に持ち上げるタイプの扉だった。この先に何があるのか、何の扉かもわからない。
 手を伸ばして、扉を叩く。
 コンコン。
 それは私が今日、今まで聞いてきたノックの音と全く同じ音だった。
 どうしてだろう。どうして私は、『この音』 を聞くことが出来たのだろう。
 先程カムクラ君が言ったことが正しければ、私は私が聞いたことが無い『この音』 を創り出せたはずがないのだ。
 ……コンコン。
 私は叩いていない。
 それは今まで聞いた中で一番弱々しかったにも関わらず、一番はっきりと聞こえたノックの音だった。決して脳内で創り出した音なんかじゃない。私の鼓膜は確かにその微弱な振動を捉えていた。
 扉についている金具を引き出し、私は扉を持ち上げる。かなり重かったけれど、ゴリゴリと音を立てて、扉の下からゆっくりと、まるで井戸のような黒いうろが姿を見せた。
 据えた匂いと、ひやりとした空気が、穴から立ち上る。背筋がぞくりとして、全身に鳥肌が立った。
 扉を落としそうだったので、裏側にあったつっかえ棒で固定する。
「……何やってるんですか?」
 いつの間にかカムクラ君が、玄関からまた家の中に入って来ていた。私は返事もしないで、扉の奥の穴を見つめていた。
「それは……、たぶん、芋つぼでしょうね」
「芋つぼ……?」
「その名の通りです。芋を保存しておくために、地下に掘る天然の土蔵です。古い民家などにはたまにあります。……というか、あなたこれどうやって見つけたんですか?」
 カムクラ君の話を聞くでもなく耳にしながら、私は穴の奥から目が離せないでいた。
「……カムクラ君さ、車の中に、懐中電灯ある?」
 少しの沈黙の後、カムクラ君は「ありますよ」と言った。
「それさ、取って来てくれない?」
 カムクラ君は何も言わず黙って車へと向かった。

 しばらくして戻って来たカムクラ君の手には、二本の懐中電灯が握られていた。
 玄関先から、その内の一本を私に投げてよこす。
「ありがとう」
 ちゃんと光がつくかどうか確かめて、私は再び穴に向き合った。
 そっと光の筋を穴の奥に這わす。思ったより穴は深いようだった。三メートルほどだろうか。木の梯子がかかっていて、下まで降りたところで横穴がまだ奥に続いているらしい。横穴の様子は、ここからでは窺えない。
 何故か迷うことは無かった。私は穴の中に入ろうと、扉の縁に手をかけた。

 カムクラ君の声。私は顔を上げる。
「数年間放置されてたんです。梯子が腐ってることもあると思います。気をつけてください」
「……わかった」
 梯子に足をかける。最初の一歩を一番慎重に。腐っている様子は無い。二歩、三歩と、私は芋つぼの底に降りてゆく。頭まで完全に穴の中に入ったところで足元が見えなくなり、あとは完全に感覚で梯子を下った。しばらくすると、足の裏が地面の感触を掴む。芋つぼの中はかなり寒かった。湿気なども無さそうで、なるほど、と思う。食料を保存しておくには適した場所だろう。
 スイッチを入れっぱなしにしていたライトをポケットの中から出す。そうして私は、ライトの光をそっと横穴に向けた。
 あの時の光景を私は一生忘れない。
 暗闇の中、足元からすぐ先に、一枚の茶色く変色した布団が敷かれている。
 その上で一組の親子が、互いに寄り添う様にして静かに眠っていた。掛け布団の中から二つの頭だけが出ている。きっとあの見えない部分では、母親がわが子を抱きしめているのだろう。
 私はライトの光を向けたまま茫然と立ち尽くしていた。
 それ以上、一歩も前に進むことが出来なかった。足やライトを持つ手が震えているのが分かった。恐怖では無い。ただ、身体が震えていた。
 息をするのも辛くなって、私は二人に背を向けた。
 その時、初めて自分が泣いているのだと知った。嗚咽もなく、ぼろぼろと涙だけがこぼれた。
 涙は熱く、頬に熱を感じる。
 怖くは無い。悲しくもない。感動しているわけでもない。よく分からない。ただ、強いて言うなら、『痛いから』 だった。
 自分の中の芯の部分が、ネズミのような何かに集団で齧られているような。そんな気分だった。
 頭上からライトの光が降って来る。カムクラ君だった。自分が照らされていることを知り、私は俯いて涙をぬぐった。
 身体の震えはいつの間にか消えていた。
 梯子をつたって上へと上る。
 震えは止まったけれど、思うように身体が動かず、えらく時間をくった上に、最後はカムクラ君に引っ張り上げてもらった。
 カムクラ君は何も言わなかった。私が落ち着くまで待つつもりなのだろう。
 ふと玄関の方を見やると、家の中を隠すように戸が玄関に立てかけられていた。
「ごめん……。もう大丈夫だから」
 そして、私はカムクラ君につい先ほど見てきた光景を話した。
「そうですか」
 カムクラ君の感想はただそれだけだった。
 私はずっと考えていた。それは、私がどうしてあの二人を見つけることが出来たかについてだった。偶然だったのか。または必然だったのか。私が無意識下でまたやらかしたのか。それともあの二人に、もしくはどちらかに、呼ばれたからだろうか。答えは出なかった。
 私はポケットから携帯を取り出す。
「止めときましょう」
 その次の行動を見透かしたようにカムクラ君が言った。
「……何を?」
「警察に通報するつもりでしょう」
「……そうだけど。どうして?」
「僕が警察なら、あなたを真っ先に疑う」
 その口調には何の力も込められていおらず、ただ、いつも通りのカムクラ君の言葉だった。
「あの二人をここに閉じ込めて殺した犯人として。ノックの音が聞こえたんでそれで来ました、なんて言ったら。それこそ、精神異常者として扱われるのがオチだ。まあ、色モノが大好きな世間様には気に入られるでしょうが」
「それじゃあ、公衆電話から……」
「そんな電話、こちらから名乗れない以上、イタズラと思われてお終いでしょう。警察はイタズラ電話が多いので」
「じゃあ、どうするの……、だからって、このままにしとくわけにはいかないよ」
 すると、カムクラ君はゆっくり息を吸って、こう言った。
「何がいけないんです?」
 それは予想もしなかった言葉だった。
「何がって……」
「僕は別に良いと思います。このままでも。親子水入らずで過ごせるんです。別に悪いことじゃないでしょう」
 私はあの二人の姿を思い出す。二人で寄り添い、一つの布団に入って眠っていたあの姿を。
 ここで親子の居場所を外に教えることは、あの二人の間を裂くことになるのではないか。
 何故いけないのか。そうだ、何故いけないのだろうか。
 私は答える。
「……やっぱり、駄目だよ。知らせよう」
 病弱な息子を守りたい、危険から遠ざけたいとした母親。でも、息子の方からすればどうだったのだろう。生きている頃も、窓の無い部屋でずっと母親に守られ、死んでからも、こうして母の手に抱かれている。
「あのさ……、性懲りもなくって思うかもしれないけれど……。私が聞いたノックの音って、あの男の子が私を呼んだんじゃないか、って思うんだよ」
 芋つぼの扉を叩いた、弱々しくもはっきりとしたあの音。あれは『外に出たい』意志の表れではないだろうか。
「あの子が生前、病気で思うように外に出られなかったとしたら。死んで身体から離れた今だから、自由にしてあげたいじゃない。……でも、あれだけ母親に大事に抱え込まれてたらさ、それも出来ないんじゃないかなぁって……。だから、何と言うか、お母さんの方も、子離れしないといけないのかなぁ、てね?」
 最後の方は、何か言ってて自分で恥ずかしくなったのだけれど、カムクラ君は黙って聞いてくれた。
 そして「ふー」と、欠伸ともため息ともつかない息を吐くと、
「親の心子知らず、されど子の心親知らず、ですか」と小さく呟いた。
「分かった。好きにすればいいです。ただ、直接警察に言うのはダメです。見知らぬ親子のために、色々犠牲にすることはありませんので」
 じゃあ、一体どうすればいいんだろう。
 そんなことを思っていると、いきなりカムクラ君が立ちあがり、未だ開いていた扉から穴の中に片足を入れた。
「え?わ、何、どうするの?」
 慌てる私を横目に、身体の半分ほど穴に下りたカムクラ君は一言、
「まあ、任せておいてください」と言って、さっさと降りて行ってしまった。
 穴の下を覗きこむも、カムクラ君が何をしているのか分からない。というよりも、カムクラ君はあの空間に居て平気なのだろうか。

 しばらくして、カムクラ君が梯子を上がって戻って来た。
 やはりというか、当然だけれど、その表情には動揺が見えた。でも、私ほど取り乱した様子もない。
「流石保存用の土蔵ですね。イモだけじゃなくて、人間も保存できるんですか……」
 それから、カムクラ君は携帯の写メを使って色々家の中を取り始めた。あっちの部屋に行ったと思ったらこっちの部屋に行き、芋つぼの様子を真上から撮影して、最後に外に出て、家全体の様子を映して、ようやく何かが終わったらしい。
「さて、もう良いでしょう。外した戸を元に戻すので手伝ってください」
 二人で二枚戸を元に戻す。
 外すことが出来たんだから、戻すのも簡単だろうと思っていたのだけれど、それは間違いで、思ったよりも時間がかかってしまった。
 ようやく戸が元に戻った時には、もう時刻は午後五時半を過ぎていた。カラスの鳴き声と共に、辺りが段々と暗くなり始めている。
 カムクラ君が家に向かって一礼した。私も倣う。
 そうして、私らは未だ一組の親子が住む古民家を後にした。

「帰りに、ちょっとネカフェに寄ります」
 車に戻りながらカムクラ君が言った。
「カムクラ君さ……大丈夫なの? 眠たくない?」
「大丈夫です。さっきのを思い出しさえすれば、眠気は飛ぶので」
 そういうカムクラ君の表情からは、冗談かそうでないかの判別がつかない。
 ふと、そう言えば狛枝君の電話を切ってから、携帯の電源をOFFにしていたことを思い出す。電源を入れると、着信履歴に狛枝君の名前がズラリと残っていた。電話するのも面倒くさいので、メールを一通入れておく。
『約四時間か五時間後にそっち行くよ。疲れたので、帰るまで電話もメールも受け付けません』
 そして再び電源を切った。
 車に戻る頃には、陽は西の山に全部沈んでいた。夕焼けの残りが、オレンジ色の光を僅かに空に留めていた。

「それで、ネカフェに行って何するの」
 帰りの車の中、私はカムクラ君に尋ねる。
「別に……大したことではありません。ただ掲示板上に、写真を織り交ぜて、体験談風のウソ話を投稿するだけです。もちろん、過去に起こった誘拐事件の概要、不法侵入の場面や、死体を発見した場面は真実を添えて。後は勝手に親切な有志達が、警察に通報してくれる」
「……写真撮ったの?」
「肝心なとこは撮ってませんよ。そんな気も起こらなかったので」
「……大丈夫かなあ。その文章と写真、直接メールで警察に送った方が早いんじゃない? 何か余計な話題にもなりそうだし」
「別に評判を貶めようってわけじゃありません。それに、メールで通報ってのは、ネット上の犯罪行為に限られてきます。心配しなくても、ちゃんと警察まで届くよう、別の手も打っときます」
「何なの、別の手って」
「そのうち分かりますよ」

 そのまま私とカムクラ君は帰り道の途中にあったネットカフェに立ち寄り、そこで軽い食事もとって、また自分たちの街へと車を走らせた。
 その際にカムクラ君は何度か狛枝君とメールのやり取りをしていて、帰りに彼の家に寄っていくことになった。やっぱりと言うか、カムクラ君も相当疲れているらしく、運転中、何度も眠たそうに目をしぱしぱさせていた。

 狛枝君が住む学園付近の学生寮についたのは、午後十一時頃だった。
 狛枝君はどうやら私らが来るのを待ちかねていた様で、私たちが部屋の扉の前まで来ると、ノックをする暇もなく戸が開いて中に引き込まれた。
「二人とも見てよ! 昨日行った児童誘拐事件の現場がすごいことになってるんだよっ!」
 狛枝君のテンションがすごいことになっている。
 そうして狛枝君は、開いたノートパソコンの画面を私らに押し付けて来た。
 そこには、数時間前にカムクラ君がネカフェで作成したウソ半分本当半分の体験談が、もちろん私とカムクラ君の名前は伏せて載っていた。
「いや、ボクもカムクラクンに言われて初めてこのスレッド知ったんだけどさ。いやあ、ヤバイねこの人たち。何か、扉壊してまで入って。中で地下の隠し通路見つけて、さらに死体を発見してる。しかもそのまま逃げ帰ってるし。あんまりなものだから、ボク警察に通報しちゃったよ」
 ああ、なるほどな、と思う。別の手とはコレのことだったのか。
 興奮冷めやらぬ狛枝君とは間逆に、カムクラ君は心底眠たげな目を、ぐい、と擦ると、
「……狛枝、すみませんが、布団借ります。数時間寝ます」と言って、部屋の隅にあった折りたたみベッドを広げると、
 ばたん、と倒れるように眠ってしまった。
「どうしたの彼。珍しいね。……いや、というかボクさ、明日暇だから。もう一度阿曽こに行ってみようかと思うんだよね。ねえ一緒に行こうよ!」
 正直私も眠たいのだけれど、がくがく肩を揺さぶられては仕方が無い。
「……すくなくとも、カムクラ君は行かないと思うよ」
「どうして? いやまあいいよ。そんなこともあろうかと、ちゃんと電車代とバス代いくらかかるか調べてるんだ。片道四時間二十分。往復で五千円もかからないって、……そう、片道2240円だってさ。往復で4480円」
 あれ、何か聞き覚えのある数字だな、と思うけども、疲れて頭が上手く働かないので思い出すことが出来ない。
「そういえば、二人とも、今日どこに行ってたの?」
 その言葉に私は思わず笑ってしまった。
 そうだった。そもそも土産話をしにここへ来たのだった。
 疲労でぼんやりとした頭を二度、コンコンとノックして、私はこの元気な友人に一から語ってあげることにした。
「いやぁ、今日の昼頃なんだけど、ノックの音がね……」