タタンタタン、という規則正しい揺れと音に目を覚ます。ひんやりとした涼しい空気の中、まだ眠気のする頭を振って周囲を確認すれば、起きている乗客に窓から差し込む明るい太陽の光に気が付いた。
 帰ってきたんだ。
 そう思った直後、一気に覚醒する。
 そうだ。カムクラ君は!? そう思って電車内を見渡した。そして彼はすぐに見つかった。すぐ隣に彼は居たのだ。
「か、カムクラ君……それ……」
 カムクラ君は少しも動かない。
「か、か、か、髪が、髪の毛が短くなってるーーーっ!」
 思わず大声を上げてしまう。うるさそうにこちらを見る他の乗客に大急ぎで頭を下げて、カムクラ君に向き直る。地面につくんじゃないかと思うほど長かった髪が、肩ほどまでの長さになっていた。
 その髪が揺れた。持ち主が動いたのだ。ぴくり、と瞼が動いた。ミディアムヘアになってもその髪型が似合っているのは、その端正な顔立ち故か。
「……うるさいですね。もう少し気を遣えないんですか」
 不機嫌そうに小言を吐くカムクラ君。
 カムクラ君だ。この上なくカムクラ君ご本人だ。
 一瞬、対価として魂を死者と交換でもしたのでは、とか、ここに来る前は、生命力とかが対価になるかもって言っちゃったから、私の分まで寿命を支払ったとかそんなことを考えてしまったが……。うん、違うみたい。というか、なんで髪? それが『それ相応の対価』になり得たんだろうか?
「……ん、帰ってこれたみたいですね」
「いや反応普通過ぎない!? もっと、わーい帰れたー! やったー! みたいなのは」
「元々帰ってくる前提で向こうに行ったので別に何とも」
 うん、これもう完全にカムクラ君だ。カムクラ君過ぎてもうなんかホッとするレベルだ。
「それにしても、恐怖心に飲まれるなという話をした後すぐなのに、貴方という人は……」
「いやあれはなるでしょ……。すごい不穏なことしか言わないし、説明無いし。むしろカムクラ君が恐怖心を助長してなかった?」 
「ええ。恐怖心に煽られないか、ちょっとテストしてました」
 鬼だ。きさらぎ駅で会った出来事の何よりもこの人の方が鬼だ。
 思わずぺしん、と軽くカムクラ君の腕を叩くが、彼は避けなかった。彼なら簡単に避けられるはずのそれを彼は避けなかった。
「それに言ったじゃないですか、二人できさらぎ駅から帰りましょう、と」
 もう一度軽めに叩こうとしてやめる。そっと上げた手を下ろした。
「……うん。そうだね」
 そうだった。カムクラ君はちゃんと二人で帰ろうと言ってくれていた。それを早とちりして誤解したのは私のミスだ。私が悪かった。もう本当の本当に恐怖心に支配されないように冷静さを保とう。心からそう思った。……いや、わざと恐怖心煽ったカムクラ君も悪いけどね!
「でもさ対価がなんで髪でOKだったんだろう。確かに結構バッサリ持っていかれちゃってるけど。二人分なのに、髪だけでいいって太っ腹じゃない?」
「一説には、髪には神が宿るそうですよ」
「なにそれダジャレ?」
「さあ。でも他には、髪に感情や生命力が宿ると信じられた国もあるそうです」
 生命力。その言葉に私は目を見開く。
 求められるものと言ったら、それこそ魂とか生命力になるのかな。
 自分が言ったことだ。
「生命力って言葉を聞いて、すぐに髪って思いついた……の?」
「はい。でもあの答えを聞いて助かりました。僕には対価になるものが思いつかなかったので。髪を切らずにいて助かりました。二人分なんとか払えましたからね」
 お茶らけた様に言うカムクラ君。彼なりのジョークだったのかもしれない。
 それにしても、カムクラ君よ。生命力から髪を連想するだけじゃなく、きさらぎ駅というたった一つの情報から鬼という漢字。その上鬼門のあの世とこの世を繋いでいるといった情報までたどり着くなんて、どれだけなのその発想力。もう連想ゲームのように考えないと辿り着かないよ。自分だったら連想ゲームを重ねても思いつかないだろう。

 息を吐いて、スマートフォンを覗き込めば現在の時刻をロック画面は映している。電池残量は0になっていたはずなのに。あの世界での出来事は無かったことになったんだろうか。分からない。
 時刻は自分が遠出をした日から一週間も先に進んでいる。今が夏休みで良かった。夏休みの貴重な一週間が無くなったのは惜しいが、夏休みじゃなきゃ今頃二人分の捜索願が出されていただろうから。
 時刻の下に音を立ててニュースアプリからの通知。
「近々来るお盆休み。日本各地の盆祭りや夏祭り一覧」
 なぜだか何かが引っかかった。はて、と思う。そしてすぐに頭の中を何かが突き抜けていく。
 もしかして、祭囃子って先祖霊たちがお盆が近いことを喜んでただけだったとか……? 
 突拍子も無い考えだったが、何故だか納得がいった。
 七月下旬から九月上旬で繋がるあの世とこの世。その期間のちょうど真ん中あたりにお盆はある。
 生者たちだって、盆祭りを開いて楽しむのだ。元生者の死者たちだって死者の世界で盆祭りを開いていたっておかしくないだろう。しかも一年に一度のこの世へ来れるのだ。歌って踊らなきゃ損々、みたいな。社で目を覚ました時に聞いた楽し気な祭囃子。一年ぶりに自分の息子や孫に会いに行けるのだ。そりゃあ楽しみなはずだ。
 そう思うと、あの祭囃子の音が大きくなった理由も、迷い込んでしまった生者を先祖霊たちが憐れんで道案内でもしようとしてくれてたんじゃないか、ってそう思った。線路に飛び込んで変な方向に逃げるものだから、そっちじゃないよ、って教えてくれようとしてたり。 でも気絶しちゃったものだから、社まで運んでくれて……。確証は無い。でもこういう好意的な解釈だって悪くないだろう。
「そういえばカムクラ君」
「はい?」
「きさらぎ駅に来てから、どうやって私の場所分かったの?」
 カムクラ君は考え込む。思い出しているのかもしれない。
「僕が駅に着いた時、が言っていた音はありませんでした。代わりに」
「代わりに?」
「黒い影みたいなのが居たんですよ。良くは聞き取れなかったですが、『女の子が倒れちゃったから社に運んだ』というような言葉が聞こえたので、そのまま知り合いなのでどこにいるか教えてほしいと頼んだら連れて行ってくれました」
 聞いたのか、黒い影に。度胸あるなぁ。私なら絶対怖くて逃げる。というかがっつり逃げました。
「あはは、そうだったんだ」
「何を笑っているんですか
「別にー? カムクラ君が友達で良かったなって、そう思ってただけだよ」
「……そうですか」
 僕はこういうことに巻き込まれて懲り懲りですがね。と皮肉っぽく言うカムクラ君。私は一人じゃなくて他のみんなと行けるなら別にいいかな、なんて思った。やっぱりホラーは一人で体験するより、他のみんなと行った方がいい。これだけ怖い体験しておいて何をとも思うかもしれないが、あのオカルト大好き幼馴染の狛枝君に私も大分毒されてきたのかもしれない。
「帰ったらどうする?」
「まずは髪を整えたいですね。鬱陶しい」
「ミディアムヘア、似合ってると思うけどなぁ」
 カムクラ君は何も答えなかった。まあ、このまま帰ったら髪を整えるよりも先に狛枝君に質問攻めされるのが先だと思うけど。漫才みたいなその二人を見るのも面白いんだろうな。ふふ、と私は笑いをこぼす。
 まだまだ暑い夏。電車が学園を目指して長い線路を走っていった。