一難去ってまた一難。
通話画面が文字化けしてるスマホなんて怖いに決まっている。だけど、外との連絡手段はこれしかないし……。
スマホは着信音を鳴らし続けていた。静かな駅に着信音が何度も、何度も何度も響きわたる。時間の感覚がおかしくなっているのか、この着信音がずっと鳴っているような気さえした。
私はごくり、と喉を鳴らす。震える手でスマホの電話ボタン、応答ボタンの方を押した。
「……もしもし」
『ようやく出ましたか。あなた、今どこに居るんです?』
カムクラ君の声だった。なんだ、そこまで怖がる必要はなかったんだ。聞きなれた声に震えあがっていた心が一気に平静を取り戻す。
「カムクラ君、私、今駅で」
『はあ。あなた、まだ駅なんかに居るんですか。一体、今何時だと思ってるんです。まさか終電を逃したとか言い出さないですよね』
その言葉に私は固まった。終電を逃した……? 私は電車内で十八時半ごろであるのを確認している。そこから体感だが、電車内、駅での待ち時間を加味しても、三十分近くの時間経過をしたはずだ。だから遅くても十九時頃のはずなのに。都内を走る路線が終電なんて十九時で迎えるはずもない。背中に冷たい汗が伝った。じゃあ今って十九時頃じゃ、無いの? ぐるぐると数字が頭の中で回りだす。今、何時なの……?
『言ってくれたら迎えにだっていったのに、本当あなたという人は』
「あの、カムクラ君、今、何時か分かる?」
『はい? あなた何言ってるんですか』
「ごめん、答えてほしい。今、何時なの……?」
『……零時です。夜の』
目の前が真っ暗になった気分だった。
零時。そりゃあ、カムクラ君も終電を逃したのかって疑うはずだ。
自分が考えていた時間と違いすぎた。私が寝過ごしすぎたんだろうか。いや普通に考えてもそこまで電車が走り続けるはずがない。十八時に乗り込んだ電車が零時まで走り続けるなんて、そんなことあるはずがない。……私は今、怪奇現象に巻き込まれている。混乱した頭がたった一つの答えに辿り着いた。
『どこの駅に居るのか知りませんが、迎えに行くので駅名を言ってください。あと、絶対そこから動かないでくださいよ』
カムクラ君の声がどこか遠くに聞こえる。ううん違う、遠くに来ているのは自分の方だ。はは、と力のない声が口から漏れ出た。
答えない私に少しイラついたのかちょっと怒気をはらんだ声が通話越しに私の名前を呼ぶ。諦めに近い笑い声が心の中で響いた。
「ごめん、帰れないかも」
『は? 何を言って……』
「きさらぎ駅、って言うんだって。この駅。わかるのはそれだけかな。うん、無理しなくていいからさ。大丈夫」
私はかすれた看板を撫でながら言った。かろうじて読めた駅名を伝えればカムクラ君の戸惑った声が聞こえる。それを聞いてとっさに口から大丈夫だなんてでまかせが出た。私の悪い癖だ、根拠も何もないのに大丈夫と口走ってしまう。
『少し席を外します。……すぐ掛けなおしますので』
その声が聞こえたと思ったら、数秒後にはツー、ツーという音。カムクラ君が電話を切ったのだと理解するにはそう時間はかからなかった。
私は耳元からスマホを外す。文字化けした着信画面はそこにはなかった。あるのはロック画面。十八時三十五分という前見た時から一分も動いていないその時計が映し出されていた。
「……キツイ、なー」
暗闇に私の声が響いた。
別に心霊体験が初っていう訳じゃない。いつも振り回してくる狛枝君のせいで(まあ、それに乗っかる自分の自業自得でもあるけど)、心霊体験は何度だって経験してきた。でも、それはいつも誰かと一緒だった。一人でこういう目に合うのは初めてだ。
怖い。その感情はいつも感じていた。だけどいつも他の誰かが居て、一緒に感情を分かち合う誰かが居て、その恐怖を紛らわすことができた。
でも、今は一人だ。
誰も居ない。駅には私だけ。いつ助かるのかもわからない。そう思うと恐怖がどっと襲ってくる。電車は来ない。私はスマホをぎゅっと握る。
「どうすればいいいんだろう……」
無人の駅に私の声だけが響いた。