夏休み真っ只中の八月のある日。ちょっとした用事で遠出した。
 電車にのって私たちの住む街の外へ。まあ、用事と言っても簡単なもので、すぐに終わったから私はそのままそこでショッピングやら軽い観光で遊んだ。寮の門限までに帰れたらそれでいいだろう。外出届も出しているし。そう思って私は久しぶりの一人の遠出を楽しむ。ちゃんと直帰していたなら、あんな出来事に巻き込まれなかったかもしれないのに。

 タタンタタンという規則正しい音で目が覚めた。寝ぼけた頭で辺りを見渡せば、電車の窓の外は黒く塗りつぶされていた。バッグからスマホを取り出して確認すれば十八時三十五分。私が電車に乗ったのは十八時頃だったから、電車に乗ってから三十分近く経過したってことだ。私の感覚が正しければ、あともう少しで学園の最寄り駅に着くはずだ。スマホをしまってどっかりと背もたれに凭れ掛かる。今日は珍しく座席に座ることができたのだ。
 電車は少し揺れながら走り続ける。特にすることもなく暇だったのだけど再度眠る気も起きず、ぼんやりと揺れるつり革を見つめていた。あと二駅くらい通過すれば私の降りる駅のはずだ。いっつもぐっすり寝こけてしまう私としては、今回は奇跡的に寝過ごしはしなかった。
 何を見るまでもなくスマホをぼんやりとみつめたり、明かりもなく黒く塗りつぶされてよく見えない外の景色に目を凝らしてみたり。思いつく限りのことをやっては時間を潰した。そして、時間を潰す方法を思いつけなくなったころ、私は異変に気が付いた。
 電車が止まる気配がないのだ。
 私が起きてから既に十分近くは経過している。自分の知っている路線なら、五分、長くても七分くらいで次の駅に着くはずなのに、この電車は十分も走り続けて駅に辿り着く気配はない。本当は自分が寝過ごしたのではないかと思ったが、経過した時間を考えれば既に寝過ごしたとも言い難い。よく分からない。
 そして二つ目に乗客。見渡す限り見える乗客全員が寝ているのだ。といってもこの車両には自分含めても十人ほどしか居なかったけど、その全てが寝ていた。そう言う事もあるんじゃないかとは思ったけど、今は十八時半すぎ。まだ夜と言っても少し早いだろうこの時間に、乗客全員が寝るなんてこと、あり得るんだろうか。
 ちょうどその時、バッグに手が当たってしまう。どすん、と重そうな音を立てて落ちたバッグを私は慌てて拾う。そして拾うついでに隣でぐっすりと眠っている人を見つめた。まあまあ大き目の音が隣で起きたのに、その人はまだ夢の世界だ。寝起きが悪いと言われればそれまでのことだけど、気味の悪さを覚えていた私は、何もかもが怖くなって、バッグを拾って立ち上がる。コツコツと歩いては電車のドアの前に移動した。このドアがいつ開くか分からなかったけど、ドアが開いたらすぐ出ていけるように。こんな電車からは早く降りたかった。

「次は、……らぎ駅。次……駅。お降りの方は、」

 その時、音声が電車内に響き渡った。その声は聞き取れないほどノイズ交じりで、実際私は駅名を聞き取れなかったのだけど、別に良かった。何処なのかはわからないが、この電車は停まってくれるらしい。さっさとこんな電車から降りて、乗り換えたい。ドアの前に設置された手すりを痛いくらいに握る。電車の外の風景は少しずつその速度を落としていた。
 空気が抜けるような音がしてドアが開く。私はそそくさと電車から降りれば、電車は今から乗ろうとする人を無視するかのようにドアを一瞬で閉めた。乗る人はいなかったから良かったのかもしれないけど。ドアを閉めた電車はすぐに走り去っていく。私を下ろした瞬間すぐにドアを閉める電車。異様だった。あまりに異様な電車はすぐにその姿を遠くへ消した。
 私は知らないうちに怪異に巻き込まれでもしていたのだろうか。駅のベンチを見つけて座る。知らないうちに緊張していたんろう、座ると同時に疲れがどっと襲ってきた。
 もしあの電車に乗り続けていたら、黄泉につれていかれて……。そこまで考えて体をぶるりと震わせた。もう降りたんだから、関係のない話だ。さっさと帰って狛枝君のお土産話にでもしてあげよう。

 電車を待つうち、時間だけが過ぎていった。
 その間、私はキョロキョロと駅を探索していた。この駅はきさらぎ駅という名前であること。無人駅ということ。がらんどうとしたこの駅にはきさらぎ駅という名前を掲げた看板と、三人がけのベンチと、その二つをぽつんと照らす電灯が一つだけあるということだった。
 私はベンチに腰掛けてから組んでいた足の膝上で人差し指をトントンと叩く。
 遅い。何分待っても電車は来なかった。体感二十分は過ぎただろうか。この路線ならそれだけ経てば、一本は電車が来てもおかしくない筈なのに。そう思って私はこの駅を再度見渡して、そして駅にあって当たり前のものが無いことに気が付いた。
 時刻表がないのだ。
 サァっと血の気が引いた気がした。時刻表が、ない。ということは、電車が次にいつ来るのかもわからない。そもそも電車は来るのか? 不安が心の中で渦巻く。膝が笑い始める。
 怪異から逃げ出したと思ったのに、新たな怪異に飛び込んでしまったのではないか。
 悪い予感がした。まだ暑い季節、じわりじわりとまとわりつく熱気が気持ちが悪い。その熱気は手元からだんだん上がってきて、首元までたどり着く。まとわりつくソレが少しずつ、でも確実に首を締めあげていくような気がしてうまく息が吸えない。何かが自分の後ろで首を締めあげているかのようだ。そんなの幻覚だ。そうわかっているはずなのに、「いるかもしれない」という思考が頭の中を侵食していった。

 プルルル……。
「ひゃっ!?」
 唐突な音に悲鳴を上げてしまう。バクバクとした心臓を押さえつけながら、音の出所を見れば自分のスマホだった。驚いた拍子に飛び去ったのか、何かがいるかもしれないという謎の感触は無くなっていた。ホッと一息を着いてスマホを見る。そしてまた息を呑んだ。
 着信画面が文字化けしていたのだ。