放課後。帰ろうと靴箱を開けば足元に何かが落ちる音がした。不思議に思ってしゃがんで拾えば白い便箋に「さんへ」と書かれている。裏を見ると見覚えの無い名前が。予備学科の子だろうか。内容は簡潔に貴女の事が好きですと書かれている。これって俗に言う、
「ラブレターってやつじゃん……」
 思わず声に出てしまった。誰かに聞かれてないか不審にキョロキョロしてしまう。周りに誰もいないことを知りほっとして手紙を見る。
まさか自分がラブレターを貰うなど考えてもいなかった。誰かは知らないが好意を向けてくれていたのだと思うとちょっぴり嬉しい。でも、受け取れない。この人が誰なのか分からないっていうのもあるけれど、もっとそれより大事な理由があるのだ。
「なに、それ」
「ひゃっ!?」
 変な声が出た。
 慌てて振り向けばそこには苗木くん。私の彼氏だ。
 彼の目線は私の手の中にある手紙を凝視していた。一番気づかれたくない人に見られてしまった……と思っていたのも束の間、貸してという言葉の後に苗木くんに乱暴に手紙を取られる。彼らしくない行動に呆然としている間、苗木くんは視線を動かし手紙を見ていた。
さんのこと好きって書いてある」
「あはは、らしいね……」
 なんて答えたらいいのか分からず笑って曖昧に誤魔化す。すると、苗木くんがキッとこちらを睨んだ。普段温厚なら彼が見せた珍しい顔に思わずたじろぐ。
「好きって言われて嬉しかったの?」
「あ、いや、その」
さんの彼氏はボクなのに?」
「えっと、その、ちょっぴりくらいは……」
 苛立ちが込められた視線に耐えられず、目線を逸らす。苗木くんが怒るのも道理だ。自分の彼女が他の男から好意を寄せられた挙句、その好意を少しばかりでも嬉しいと感じ取ったのなら温厚な彼だって嫉妬するだろう。もし逆の立場だったら私も同じようになると思う。
いたたまれなさから無言になる。苗木くんも無言でなんだかすごく空気が悪い。どうしたものかと思案していると、唐突に苗木くんがその場にしゃがみ込んだ。
「…………ボク今すごくカッコ悪いな」
 何事かと近づけば、長い溜息と沈黙の後に絞り出すように苗木くんが呟く。呆気に取られていると苗木くんは腕に顔を隠したまま続けた。
さん魅力的だし、可愛いし、人気が高いって分かってたんだけどな。彼氏になる前からいつかこうなる時があるって知ってたのに」
 ごめんねさん、と苗木くんが呟いた。嫉妬しちゃった。苗木くんはそう言うと無言になって顔を腕に埋めている。
 私はそんな彼の正面にしゃがみ込んで肩を揺らす。苗木くん。私の呼び掛けに彼は恐る恐ると顔を上げた。目線と目線がぶつかる。
「気にしてないよ。苗木くんの気持ち分からなくもないしさ」
「……」
「その、嫉妬してくれたんでしょ、苗木くん。ちょっと怖かったけど、……嬉しかったと言いますか」
 言葉尻になるにつれて声が小さくなっていく。それでも伝わったのか、苗木くんが目を見開いた。そうだ。初めて見る苗木くんが少し怖かった。だけど、同時に嬉しかったのだ。嫉妬してくれた彼が。嫉妬するほど私のことを好いてくれている彼が。堪らなく嬉しかったのだ。
「苗木くんの気持ち分かってる、から。だから、そんなに自分を責めないで」
 言い切ると同時に苗木くんに手をひっぱられる。思わずバランスを崩すが、苗木くんが抱えてくれたから転ぶことはなかった。抱きしめられている。
 耳元から苗木くんのありがとうという声がする。その声にたまらなくなって抱きしめ返せばさらに強く抱き返される。愛されているんだなと思わず笑ってしまう。
 ああ、そうだ、手紙の主にはちゃんと断らないと。
 お気持ちは嬉しかったけれど、こんな素敵な彼氏がいるので応えられませんって。