夢を見た。
 さんがテーブルの下に血塗れで倒れている。苦悶の表情で倒れている彼女には幾つかの刺された跡が。急いで彼女を抱き抱えるもその体は冷たい。流れている血も冷たい。もう手遅れだ。パーカーは血に濡れていく。緑の生地に血の赤が滲み黒くなっていく。そんなことは気にしていられなかった。冷えきった手を握る。分かっている。彼女が息を吹き返すことは無い。それでも彼女の手を温めたかったのだ。
冷たい彼女の手。どうにもならない。
 こんなことになるはずじゃなかったのに。そう思うと世界は暗転した。


 夢を見た。
 さんが頭から血を流し、力無く壁にもたれかかっている。その目は固く閉じられて、開くことは無い。少し肩を触るとその体は操り糸の切れた人形のように、力無く床に倒れた。倒れた彼女の頭を見れば鈍器で殴られたような痕がくっきりと残っているのが見えた。彼女を冷たい床に寝かせたままにはさせたくなくて、先ほどのように起こしてやる。
 どうしてこんなことに。そう思うと世界は暗転した。


 夢を見た。
 天井から宙ぶらりんになっているのは彼女の体だ。
 今度は血に塗れていない彼女の体を見て、少し安堵する。そしてそんなことを考えた自分に恐怖を覚えた。
 だらしなく足を揺らす彼女を天井から下ろしてやる。彼女の顔には麻袋が。服から彼女だと判断したのだ。彼女の服を着た別人の可能性も、と考えるが麻袋から出てきた顔を見て絶望する。怒りを覚える。
 誰がこんなことを。そう思うと世界は暗転した。


 夢を見た。
 そろそろ慣れてきていた。そんな自分の感覚が恐ろしい。今まで見たことの無い趣味の悪い意匠の建物を歩く。丸い部屋に入る。そこにはいつものように彼女の死体が。高所から落ちたのかのように、手足はあらぬ方向に曲がっていた。人間の取れる体勢では無いその遺体に一抹の恐怖を感じる。 遺体をそのままにしておかなければ。そんなことはわかりきっていたが、彼女を人間の範疇に留めておきたくて、体を動かす。ぐにゃりと動く手足に気持ち悪さを覚えては自分を嫌悪した。
 ごめんね。そう思うと世界は暗転した。


 夢を見た。
 燃えていた。夢の中でも熱さを感じるのかと悠長に考える余裕が出てきていた。もう何が出てきても驚きやしないだろう。そう思いつつ、消火弾を投げる。火が消えて行く。火が落ち着き、中に入る。惨たらしい死体だった。まるで誰かが憎悪を込めて殺したような死体だった。口に張り付いたガムテープを剥がしてやり、目を閉じさせる。きっと苦しかっただろう。頭を撫でる。気づく。おかしい。彼女の髪色は白ではない。
 これは……ボク? そう思うと世界は暗転した。

 目が覚めた。
 肌にまとわりつくような暑さに不快感を覚える。先程までの不快な夢は恐らく暑さが原因なのだろう。はて、不快な夢とは何だったのか。思い出そうとするも何も思い浮かばない。不快だったことだけを覚えている。気持ち悪い感覚に頭を振る。そんな不快だったのだから無理に思い出すこともないだろう。そう思い、着替えて常夏の島へと出ていく。
 眩しくカンカン照りの太陽は不快な暑さの原因だった。少しは曇ってくれば良いのに、と思いながら約束の場所に走る。今日はさんとお出かけする約束だ。こんなゴミクズを誘ってくれるなんて、なんて良い人だろう。そんなことを思いながら走る。なんだか無性に顔が見たかった。
 目的地に着けば彼女は既に居た。待ったか問えば今来たところだと返される。優しいなと思う。それと同時に何故か彼女に血塗れの彼女が重なった。なんだろう。先程の不快な夢だろうか。振り払うように再度頭を振れば、さんが不安げに見つめていた。大丈夫だよと告げると、彼女は目を伏せる。
「本当にこれでいいの?」
 見つめてくる瞳にたじろぐ。これでいいんだよ。その言葉は喉まで出かけて、そのまま詰まって声には出なかった。幸せな夢を見ることの何が悪いんだよ。あれ? 夢? ここは現実だろう? あれあれあれあれ?
 また血塗れの彼女が重なる。分からない。どちらが現実だ?
「私はみんなに生きて欲しいんだよ」
 帰ったらキミは死んでるだろう。こっちがボクにとっての現実なんだよ。分からない。分からないなぁ。夢に帰るなんて、そんなこと出来やしないんだよ。
「そっか」
 悲しげに彼女は目を閉じた。ボクらは何の会話をしていたのだろう。つい先程のことなのに思い出せない。ボクも年取っちゃったのかな。まだ高校生なんだけどな。じゃ、行こうか。俯く彼女に声をかける。これでいいんだよ。永遠に続く楽園のゲーム。ボクはキミがいてくれるならそれで。どれだけ絶望的だったとしてもキミがいるから良いんだよ。