「オレのクラスには幸運枠が居ないんだよね!」
知ってる?とニヤニヤ笑うのは確か別のクラス所属の王馬小吉くんだ。同学年でも別クラスであまり接点の無い彼が私に何の用なのだろう。
「確か七海ちゃんのクラスには狛枝ちゃん。ちゃんのクラスには苗木ちゃんがいるのに、オレんとこに居ないのってちょっと悲しいよねー!」
王馬くんはそう言って泣いてる素振りを見せる。いきなり泣き出す王馬くんに戸惑っていると「なーんて、嘘だよ!」王馬くんが笑う。なんだろう、展開が早すぎてついていけない。
「えっと、その話をなんで私に?」
「だからさー、ちゃんオレたちのクラスに来ない?」
「はい?」
いやなんでだよ。そもそも勝手にクラス移動なんてできるの?
「申請すればできるんだよねー」心を読んだかのように王馬くんはにししと笑う。ココロンパはやめろ。そう思って若干睨むもニコニコとした笑顔で返される。この人手強いな。
「っていうか、私、『超高校級の幸運』じゃなくて、『超高校級の奇跡』なんですけど…」
「そんなの殆ど一緒のようなもんじゃん!」
「え、えー?」
一緒かな?まあ、似たようなものだとは思う。多分。自分でもよく分からない。
困惑していると、王馬くんは拗ねたような表情で見つめてくる。そんな顔で見つめられても。クラス移動なんて私がやる理由は無いし。
「ねー、オレたちのクラスに来ないー?絶対面白いと思うんだけどなー。誰にも制御出来ない運絡みの才能…きっと退屈はしないと思うよ?」
「それ君の話だよね? 私に得ある?」
全く自分への利益が見えないのだが。そう返せば王馬くんは頭固いんだから!と嫌そうに呟いた。私が頭固いのなら君は強引だよ。
困惑を顔に明らかに出しているというのに、王馬くんは気にせず私の手を引っ張り始めた。
「物は試しでしょ! とりあえずオレたちのクラスに来なよ!」
「いやいやいや全く了承してないんですけど!?」
グイグイと引っ張る王馬くん。その小柄な体のどこにそんな力が…。小柄とはいえ王馬くんは男。女が勝てる訳もなく、徐々に押されていく。誰か助けて。
「さんが嫌がってるだろ」
その時、救世主のような声が響いた。
後ろから聞こえた声に振り向くと嫌そうに顔を歪めた苗木くんが居た。あなたが神かと思っていると、さっきまで私の手を引っ張っていたはずの王馬くんが引っ張るのをやめてニヤニヤと苗木くんに振り向いている。
「あれ? 苗木ちゃんじゃん、どうしたの?」
「惚けるのはやめろよ」
「オレたち今忙しいんだよね!また後でね!」
再度引っ張り始める王馬くん。咄嗟のことにバランスを崩していく私の体。このままじゃ床にコケると思ったが、その前にギュッと強く抱きすくめられていた。後ろにいたはずの苗木くんだった。
「さん大丈夫? ……王馬クン、クラスに引き抜きたいならもう少し優しく扱ってあげたらどうなの」
「あれ? ごめーん。でもさ、そんなこと言って本当は苗木ちゃん役得でしょ」
「……」
気づけば一触即発ムード。煽るように笑う王馬くんと、それを真剣な眼差しで見据える苗木くん。
「さんは」
ポツリと苗木くん。
「ボクのクラスメイトだ。今も、これからも」
「……ふーん。ツマラナイの」
その言葉に王馬くんは表情を消す。無表情で苗木くんを見据えた。
「いいね、苗木ちゃんは。自分のクラスに幸運の自分だけじゃなくて、奇跡のちゃんも居るんだもんね!」
「……」
「ま、いっか」
パッと突然掴まれていた手を離される。いきなりすぎて目を白黒していると、王馬くんが私の顔を覗き込む。紫の目が私の目を見据えた。
「でも、まだオレ諦めてないからね」
「はぁ……」
「ちゃんからクラス移りたいって言い出すように、オレ頑張っちゃうぞー」
だからさ、と王馬くんは笑む。その顔が近づいてきて、少し後に頬にリップ音。頭が真っ白になる。
「予約。なーんてね!」
にししと笑い王馬くんはそれじゃーね。と言ってすぐにどこか行ってしまう。嵐のように過ぎ去っていったな……なんて思っていると一拍置いて苗木くんが慌てだした。
「だ、だだいじょぶ!?」
「大丈夫だから、苗木くん1回落ち着こ?」
さっきまでの冷静はどこへやら。顔を真っ赤にして慌て出す苗木くんに、自分の困惑が吹っ飛んでゆく。
吹き出して笑ってしまえば、苗木くんが恥ずかしげに睨んでくるものだから尚更笑ってしまった。
「ふふふ、とりあえず立とうか」
「え、あ、うん、……ってごめん!ずっとこの体勢だったの忘れてたよ……」
そう、転けかけた私を抱き竦める体勢だったのだ。ずっと。それに気がついて更に顔を赤らめる苗木くん。ほんと、さっきまでの冷静さはどこへやらである。
「立てる?」と苗木くんが手を差し出してくれる。礼を言いながら手を借りてなんとかたちあがる。こうやってさりげなく気を使ってくれる苗木くん。こんな優しい人がクラスメイトで良かったなと思った。
「私さ、」
「?」
「苗木くんがクラスメイトでよかったよ」
思ったことを率直に伝えると苗木くんは硬直する。変なこと言っちゃったかな、と不安に思っていると、苗木くんが殆ど聞き取れない位の小声で「……ボクも、さんとクラスメイトでよかった」と呟いていて、胸が暖かくなる。自然と笑みが零れる。ずるいな、苗木くん。
「頑張るよ」
苗木くんが立ち止まる。その顔は真剣そのものだ。
「何を?」
「さんが王馬クンのクラスの方が良いなんて思わないように。ボクと同じクラスで良かったって思い続けられるように」
あんまりに真剣にそういうものだから。
なんだかおかしくってまた笑ってしまう。苗木くんは不服だったようで、真剣だったのに笑わないでよ……とまた恥ずかし気にこちらを睨んでくる。
「期待してるね」
「え?」
「期待。苗木くん頑張ってくれるんでしょ?」
「……うん!」
笑いながらそう言うと、苗木くんは1度面食らったような表情になった後、力強く頷く。それが何よりの答えで私も心が踊り始める。
「期待してて」
そう言う彼が少しカッコよく見えてしまう。今度面食らったのは私で。どうかしたの?と心配そうに見つめる苗木くんになんとか、なんでもないと返す。うん、なんでもないよ。本当になんでも。ドキッとしたなんて内緒だ。