ボクとは付き合っている。
 まだ平和だった希望ヶ峰時代から付き合っていて、コロシアイ学園生活で記憶を失い紆余曲折あったものの、ボクとは再度付き合うことが出来たのだ。
 そして、現在。未来機関で働いている今でも僕らの交際は続いているのだが…。
「苗木?」
「わわっ朝日奈さんか…」
「もー!さっきから声かけてたのに全然気づかないんだから!」
「アハハ…ごめん」
 朝日奈さんには悪いが一切気がついていなかった。頬を膨らませて怒る朝日奈さんを必死に宥める。
「えっと、何か用?」
「あー苗木を見つけたから、ただ声掛けただけ!気にしなくていいよ!」
「なんだよそれ」
 てへへと笑う朝日奈さんにあきらつつ肩をすくめる。重要な話とかだったらどうしようかと思っていたが、そんなことはなかったようでほっとする。
「っていうか苗木!話しかけても気づかなかったレベルで何考え込んでたのさ」
「あ、えーと、のことなんだけど」
「えっちゃんと何かあったの?まさか別れたの?」
「別れてないよ!」
 そこは必死に反論する。もし何かあったとしてもと別れるつもりなんて毛頭なかった。必死になるボクに朝日奈さんは「良かった~もしちゃんに何かしてたら苗木のこと怒るとこだったよ」と笑う。もしボクがのことを泣かせでもしたら申し訳なさでボクは首を吊れると思うよ。
「いや、のハイヒール見たことないなって」
「え?ちゃんだってハイヒールくらい履くでしょ…あれ?履いてたっけ?」
 そう。ボクらは付き合って長いが、ボクは1度もハイヒールを履いたを見たことがないのだ。
が可愛く着飾ってくれるデートの時でも、凛々しく未来機関で働いている時でも。ボクはハイヒールを履いているの姿を見たことがない。
「うーん、やっぱり身長じゃない?だって苗木、ちゃんがハイヒール履いたら身長負けるでしょ」
「うぐっ…」
 そうだ、がハイヒールを履けば、ボクは簡単に身長を越される。肩の高さは勿論、目線の位置だって変わってくる。
ちゃん優しいしさ、苗木に合わせてくれてるんじゃないの?」
「やっぱりそう思う…?なんかボクがのオシャレを阻害してるみたいで嫌だなって」
「ヒールくらい気にしないと思うけどね」
「そうかなぁ」
 うつむいてみると、朝日奈さんの足には可愛らしいハイヒールが。朝日奈さんだけでなく、霧切さんや腐川さんだって履いているハイヒール。
女の子ならハイヒールを履きたいと思うのではないか。はぁと大きくため息を吐くと、突然朝日奈さんが大きく動いた。
「あっちゃんだー!やっほー!」
 ビクッと肩を強ばらせたボクの隣で朝日奈さんは能天気に手を大きく振る。向こうからやっほーと間延びした声とともにパタパタと走る音。目線を向けてみるとその足はやはりヒールが全くないパンプスだった。
「誠くんも居たんだ。何話してたの?」
「ただの世間話だよ…」
「何言ってんの苗木!ちゃんの話でしょ!」
「私?」
 なんとか誤魔化そうとするもド直球の朝日奈さんの言葉に凍りつく。話題に上げられていたと言われたの顔は疑問に溢れていた。
「そーそー!苗木とね、ちゃんのハイヒールが」
「わわわわ!そういや朝日奈さん次の仕事無かったっけ!頑張ってね!」
「ハイヒール?」
 疑問符を浮かべるを他所に、朝日奈さんの背中をグイグイと押す。苗木!と朝日奈さんが困惑しているようだが、気にせず押し続ければ諦めたのか「気になるんだったら、ちゃんと話し合うんだよ!」と言葉を残して、朝日奈さんは向こうの廊下の角へと消えていった。
「行っちゃった」
「朝日奈さんも仕事忙しそうだもんね!」
「いや、誠くんがガッツリ押してたような」
 苦笑いで誤魔化す。納得いかなそうな顔で廊下の角を見つめる。なんとかゴリ押せたかな。「それでなんでハイヒール?」前言撤回。そんなことはなかった。
「いや、何でもないよ、」
「そういえば葵ちゃんハイヒール履いてたね」
「そうだっけ?見てなかったなあ」
 嘘ですガッツリ見てました。
 眉を顰めた彼女が「誠くんの嘘ヘタクソ」と呟く。バレてる…!
「…やっぱり男性って、…誠くんはハイヒール履いてる女性が好きなの?」
「別にどっちでもいいんだけどね。ヒール履いてても履いてなくても変わらないと思うし」
「そう?」
 確かに高いヒールを履きこなす女性に魅力は感じるが、別にすごく好きという訳でもない。
「あのさ、はハイヒール履いてるとこ見たことないなーって」
「なんだそんなこと?」
「ボク、履いてるところ見たことないから…もしが履いてたらボク身長負けちゃうしさ」
「確かにね」
 ふふっと笑う。可愛いけどちょっぴり複雑だ。
「ボク身長負けるし、もしかすると気を使って履いてないなら、申し訳なくってさ」
「なんだそんなことで悩んでたの」
 可笑しそうにが笑う。
「私さ、ヒールのある靴って苦手なの」
「苦手?」
「うん、苦手。昔ね、大人ぶって意気揚々と履いてみたはいいけど、慣れなくて足挫いてからもう履かないって思ってさ」
「そういえばヒールがキツい人も多いって聞くなぁ」
 そういえばいつかの朝日奈さんだって、上手く走れないと嘆いてたり、腐川さんに至っては嫌そうに顔を顰めていた時もあった気がする。
「だから、誠くんが気にする必要は無いんだよ。私が苦手なんだしさ」
「そっか、良かった」
「それにさ、」
 いきなり唇に柔らかい感触。これはキスされている?混乱する頭と紅潮する頬を他所に離れていくの顔。「こういうこと、ヒール履いてたらすぐに出来ないでしょ」そういうの顔も真っ赤だ。目を泳がせてボクを視界に入れないように必死のようだった。
「それじゃ、私休憩もう終わるから」そう言ってヒールの無い靴で走り出す。
 ポカンと呆気に取られた後、時間差で働き出す頭で、ようやく事態を把握する。ヒールの無いはボクと同身長だ。だからキスもしやすい。だから身長差の生まれるヒールは履きたくない…。ぼふんと顔から湯気が出るようだった。
 既に遠くなってしまった彼女の背中に慣れない大声で話しかける。
「ボク、やっぱりヒールの無い靴の方が好きだ!」
 しばらくあと、向こうから「うっさいバカ!」と照れ隠しのような声が帰ってきた。
 その声に口元を緩ませながら考える。今度の休みは何時になるだろう。2人で休みが取れたならデートに誘おう。こんなことを話したあとだけど、きっと彼女はヒールの無い靴を履いてくるのだろうなと思う。なんだかそれが容易に想像できて口元の緩みが止まらない。早く休みが取れないかな。そんなことを考えながらボクは仕事に戻って行った。