「待っていてくれる?」
百年。狛枝くんが唐突に言うものだから何を言い出したものなのかと疑問を含めた視線を向ける。狛枝くんはいつものような笑顔を浮かべていた。 その表情からは真意は全く分からない。こういう時の彼を探ろうにも彼は突拍子の無いことをしでかす人間だと自分は熟知している。だから私は身構えながら返事をした。
「何の話」
「百年。ボクの墓の傍で待っていてくれる?」
今度は狛枝くんの墓とまで来た。本当に突拍子の無いことを言い出すと思うが、正直なところ当てはまる事項が1つ存在した。さる有名な幻想小説だ。
「それ夢十夜?」
「正解。流石さん、元ネタくらいすぐ分かっちゃうね」
狛枝くんがケラケラ笑う。夢十夜。夢の話を集めた小説だ。有名な小説であるし、私も狛枝くんも一度は読んだことがあるだろう。だから、私は夢十夜になぞらえて返答することにした。
「それじゃあ、私は白百合になった狛枝くんに百年も待たされるの」
「百合なんてそんな綺麗なモノにはなれないよ」
そう言った狛枝くんは笑みを止めて左手を見る。
「道を外れたボクなんかにはね。白百合なんて大層なものにはなれやしない」
それでも。と狛枝くんは続けた。
「それでもさんは百年待ってくれる? ボクの墓の傍で。目覚めてしまうのが白百合なんて綺麗なものじゃなくても。百年を」
そう言って私を見る狛枝くんの目がまるでなにかにすがろうとする小さな子供のように感じられてしまったから。私はふっと息を吐いて微笑むしか無かった。それ以外の選択肢なんて最初から無かった。
「待つに決まってるでしょ」
元より待つって決めて始めたプログラムなんだから。そこまでは言わなかった。絶望に堕ちた彼らを救うために実行されたプログラムは江ノ島の手によりまた絶望へと堕とされた。それでも生き残った私たちは残りのメンバーを起こすために尽力している。それこそ、百年かかったとしても。それでも私たちは諦めない。みんなが、狛枝くんが起きるまで。
そんなことを狛枝くんが知っている筈がない。なのに、私の返答にあんまりにも嬉しそうに微笑んでくれるのだから、きっとそれが答えなのだ。
夏目漱石『夢十夜』より引用