夜中に扉を叩く音。これは私の出した音。扉が開く音。これは彼が出した音。扉から顔を出した彼が笑う。遅かったね。うんちょっと道が混んでて。先程通ってきた道は、私のように恋人や家族、大切な人に会いに行こうとした人が長蛇の列を作っていた。私は幸運だ。会いたいと思える人がそれなりに近くにいたのだから。もし1日以上掛かる距離に彼が居たなら。そう思うと少し怖くなる。
そう、世界は明日終わる。
昔のお偉い様が予言した世界の終わりなどではない。どこかの国のお偉い機関が地球にぶつかる隕石を発表した。隕石をどうもすることは出来ず、直撃すれば地球はひとたまりも無いという。世界はそれこそパニックに陥ったが、ついに直撃する前日ともなれば街は静まり返り、あの喧騒が少し前のこととは全く思えないほどだった。きっとみんな大切な人と明日を迎えようとしているのだろう。私もそうしに来たのだから。
初めて入る彼の家はさっぱりとしていて。彼らしいといえば彼らしかった。何も無いけどと零す彼。初めて来たから新鮮だし気にしないでと私。そう初めてだ。そして最後。最初で最後のお家訪問。そう思うと私達ってあんまり恋人らしいことしてなかったのかななんて思う。一緒に居られるだけで良かったなんてとても清く正しい関係を築いてきたものだ。今思うと少し寂しい。なんかもっといっぱい一緒に体験すればよかった。彼の寝室に入ってみる。こじんまりとした彼らしい部屋。本当ならもっと。もっとここで彼と過ごしたり出来たのにな。そう思うと少し涙が零れた。ぽろりと落ちていく涙に彼は優しく微笑んで頭を撫でる。
明日、一緒にデートでもしよう。明日、一緒にご飯を食べに行って、ほ、ホテルとか行ってみようよ。
今まで恋人らしいことはあまりしてこなかったけれど、明日から。
明日なんてと言おうとする私に、想像するのは自由だと笑う。そうだね。今までやってこなかったことをいっぱい考えよう。でも明日いっぱい遊ぶなら今日はもう早く寝なくちゃ。
倒れ込んだベッドの中、私達は体を寄せ合う。
私達には明日は来ない。でもきっと2人なら怖くないね。