私の彼氏は忙しい。
来る日も来る日もアニメを作り続け、昼夜は逆転し、ご飯を食べに食堂に現れる回数だって少ない。仕事に心血を注ぐとはよく言ったものだが、彼に至ってはもはや心血だけじゃなくて命までも注いでいると言った方が正しいかもしれない。
そんな彼が健康的で文化的な最低限度の生活を送れる様に私は毎日彼の世話をしに行っている。もしかしてこれって通い妻ってやつなんじゃないの? なんて喜んでいたのも束の間、最近はもはや仕事に行くような足取りで彼の部屋へと向かっている。超高校級の介護士という称号を得られるのもそう遠くは無いかもしれない。全くもって嬉しくない。
「おじゃましまーす」
声を掛けるが返事は無い。いつものことだ。彼は大体アニメ作りに集中しているので、声をかけたこともそもそも私が訪問していた事も気付くことの方が少ない。
慣れた手つきで靴を並べ、廊下を歩く。きしりきしりと廊下のフローリングが音を出す中、私は普段と何かが違うことに気が付く。私が歩く以外の音がしないのだ。大体いつもなら亮太くんの絵を描いていたり、タイピングの音だとかがこの静かな部屋に響いているが、今日はそんな音が全くない。すぐにハッとなって部屋に駆け込む。そこには予想していた最悪の事態が待っていた。
「亮太くんっ!」
床に転び微動だにしない彼の体を支える。震える手で彼の体を揺らせば呻き声が聞こえた。昏迷状態だ。昏睡では無かったことに安堵の息を吐きながらすぐさま彼をベッドに運ぶ。彼のせいで同じ歳頃の男の子を運べる筋力が身についてしまった。全く嬉しくない。起きたら文句のひとつやふたつ、いや百個くらい言ってやろうと思いながら、私は栄養が取れる食事を考え始めていた。
彼が起きたのはそれから一時間程後のことだった。
「亮太くんの……」
「え?」
「亮太くんのバカーっ!!」
起きたことを察知した私は彼のすぐ側に駆け寄り、叫んでやった。唐突なことに目を白黒している彼に詰め寄るように続ける。
「元気にしてるかなって思って来たらぶっ倒れてるし! 声掛けても揺らしても起きないし! どんだけ心配したと思ってるの!」
私が畳み掛けるように怒る途中で彼は事態をようやく把握したのか、申し訳なさそうにごめん。と謝る。ゴメンで済むなら警察も介護士も病院も要らないんだよなんて思いながら、作ったお粥を差し出す。彼は突然のお粥に驚いていたが、そのうち食べ始めた。
彼のお粥が無くなり始めた頃。まだ腹の虫は収まらないが、これ以上叱るのも良くないと思いベッド脇の椅子に座って彼の様子を見ていた。顔色こそ悪いが、自力でお粥も食べられているし、今回はただの栄養不足による昏迷状態だったんだなと分析する。ちゃんとご飯を食べるように指導せねば……と強く決心した辺りで亮太くんが食べ終わった。
「ありがとう」
「ん」
お粥のお皿を受け取って、席を立とうとする。お皿洗わないとと歩き出そうとした私を止めたのは亮太くんだった。
「待って」
「何?」
「ありがとう」
「それはさっき聞いた」
「ううん、いつもこうやって面倒見てくれて」
亮太くんが笑う。目の下には隈が合って、顔色も悪い彼の顔だったが、彼の笑顔を見たらなんだか安心してしまう。
「いつもが僕のことを支えてくれてるって思うとやる気が出るんだ。いつも助かってるよ。ありがとう」
「…………ちゃんと埋め合わせ取ってよね」
勿論。そう力強く返す亮太くんにドキッとしてしまう。ああもう私はこんな彼の事が好きなのだ。悔しいなぁ。好きだなぁ。ずるいずるいずるい。
「私、早死する亮太くんなんか見送りたくないからね」
「善処するよ」
困った様に笑う彼の顔を見れば、今まで喉にせり上がっていた溜飲が下がってしまう。なんだかんだで私は亮太くんに甘いのだ。あーあ、こんなんだから私たちは何時までも変われやしないんだ。
「……本当に取っちゃうかもね介護士」
「え、何の話?」
唐突な私の言葉に亮太くんがきょとんとする。その顔がなんだかあんまりにも可笑しくて笑えてしまうものだから、今日のところはこれで勘弁してあげようかななんて思ってしまうのだった。