モニターを見る。異常はない。一息着いてからモニターを見る。やはり異常はない。手元の珈琲を飲み干した。モニターを見る。異常はない。珈琲が無いので淹れようとする。モニターを、
「さっきから慌ただしいわね」
「わわっ!」
見れなかった。霧切さんの呆れたような声がモニター室に響く。新しく淹れた珈琲をなんとか零さずにすんでホッと安心する。……いやそうじゃなくて!
「き、霧切さん何かな? 今の監視はボクのはずだけど」
「その貴方が落ち着きが無いから私が来たのよ」
ぴしゃりと言われてボクはがくりと肩を落とした。それまで持っていた珈琲をテーブルに置けば霧切さんは呆れたような息を吐いた。
「何杯目よその珈琲」
「…………3から数えてません」
「カフェインの多量摂取は体に悪いわよ。控えなさい」
眉に皺を寄せ忠告する霧切さん。うわぁ美人って怒ると怖さ倍増だなあなんて考えていたら、考えを読み取られでもしたのか尚更怖い視線を向けられた。ごめんなさい。
「でも、気持ちは分からなくはないけど」
そう言って霧切さんは心配そうにモニターの一つを見る。そこにはボクらのクラスメイト、さんが映り込んでいた。
「まさか彼女までもプログラムに組み込まれるとはね」
希望更生プログラム。77期生の面々を絶望堕ちから救うために起動されたプログラムだ。ボクら78期生の独断により開始されたプログラムをデバッグしてくれる人などおらず、その被験者として手を挙げてくれたのがさんだった。順調にデバッグは進んだのだが、デバッグが終了し帰還直前になって何故か彼女の帰還が阻まれてしまいそのまま彼女はプログラムに取り残されてしまった。限られた時間の中、延期する訳にもいかず、そのままプログラムを実行する流れになり、彼女も50日の修学旅行を経験することになったのだ。正直なところ、心配なことこの上ない。
ボクも霧切さんの視線を追ってモニターを見る。彼女の笑顔がそのモニターにアップで映し出されていた。あ、あれ照れ隠しの顔だ。プログラムは順調に進んでいた。順調に進み、彼らは希望のカケラを集めている。でもそれはさんも例外では無くて。
「あれ日向くんね。のことお出かけに誘うみたいよ」
そう。こうやってさんが男子に誘われるのがボクは納得いかないのだ。バッと慌ててそのモニターを凝視し始めたボクに霧切さんは「余裕のない男は嫌われるわよ」と愚痴を零した。だって心配なんだから仕方ない。
さんは優しい。だからお出かけに誘われたら断るなんてことは滅多にしない。そうやってプログラム中、日向くんや狛枝くんのお誘いをきっちり受けて楽しんでいる。楽しんでいるならそれでいい。それでいい。ボクはそう自分に言い聞かせる。さんの自由なんだから。珈琲を啜る。なんだろうこの珈琲まずいなぁ。
「顔に出てるわよ」
「やっぱり?」
ボクは何杯目かも分からない珈琲を飲み干した。今まで飲み干した珈琲はいつもまずく感じられて、口直ししようとまた新しく珈琲を入れようとする。が、流石に今回は霧切さんに止められてしまった。悲しい。
「そんなに心配?」
「心配だよ……」
だって日向くんも狛枝くんもかっこいい。高身長で男らしくて、ボクなんかよりずっとかっこいい。もし、50日の修学旅行を終えて目覚めたさんがボクよりも彼らの方を優先しだしたら。ボク多分立ち直れない気がする。
「はそんな簡単に人を裏切るような子じゃないわ」
「それくらい知ってるよ」
「それにね、もしあの子が目覚めた時に貴方が倒れでもしてたら。が泣く羽目になるわよ」
私あの子に貴方のこと頼まれてるのよ。その言葉にボクは呆然とする。さんがボクの心配をしていた? 霧切さんが二人揃って心配性ねと笑う。なんだかにやけてきた。ボクの心配をしてくれているさんを思うとなんだか可愛くって愛おしくって口角が上がる。うん、これならしばらく珈琲は要らなさそうだ。