お昼の食堂はおなかのすいた育ちざかりの人々でごった返していて、とても騒がしい。でもそんな中有る一角で向かい合っている私たちはそんな喧噪など忘れているかのように、向かい合っていた。そう、とても静かに。そんなあまりにも不釣り合いな雰囲気に気が付いた生徒たちは一定の距離を保って、しかし、その内容が聞こえる様な位置に座し、これから何を話すのかと私たちを好奇の目で見つめていた。
 そんな好奇の目など全く気にせず…いや、気にしてはいないのだろうけどまったく別の理由で顔をしかめる狛枝くんが私の目の前に座っている。
 一応彼とは付き合っている身なのだが、諸事情で最近あまり会っていなくて、最初は我慢をしていてくれた狛枝くんがついにしびれを切らし、一学年下の私を無理やりにでも手を引っ張って食堂に来たというのが事の有様…と思われる。
 あまりの空気の重さに私は顔を上げられない。
 しかし冷や汗しかかかないこの状況で、突然軽快な音楽が鳴った。――私のケータイだ。いつもなら直ぐにケータイを取り出し、内容を確認するのだが、今はそれが出来ない。何故かって?今私のケータイはテーブルの上に置かれている。私と狛枝くんとの丁度真ん中にだ。食堂に着いたと同時に狛枝くんに取り上げられてしまった。何故かはわからないが、すごくすごく…取りにくいです…。だが内容を無視するわけにもいかず、そっと顔を上げて狛枝くんの顔を伺いみる。
「あ、あのさ、狛枝くん…。ケータイチェックしても…いいかな?」
 狛枝くんはまるで私の質問が聞こえてなかったかのように大きなため息をつく。何を言われるかわからない私は少しびくびくしつつも狛枝くんの言葉を待った。
「キミさぁ…好きな人できたよね」
「っ!!」
 狛枝くんがいつもよりは数倍低いトーンで呟く。ちょっと怖い。狛枝くんの顔を伺いみるように顔を上げてしまう。彼も俯いているのか狛枝くんの顔はふわふわとした前髪であまり見えなかった。それがなおさら怖さを増した。
 違う。と大声で言ってやりたかった。でもできなかった。その理由は一つ。…心当たりがあったのだ。
「それは…!」
「最近ボクと話してくれないし、話してくれたと思ったらケータイばかり見つめてる。ねぇ、ボクの事嫌いになった?ボクよりも好きな人が出来たんでしょ」
「えっと、その…」
「とはいっても、ボクは既にくんの好きな人を特定してるんだけどね…」
「え!!」
「まさか、彼に負けるとは思ってなかったよ…まさか」

「ゲームのキャラとはね」

 また軽快な音楽が鳴る。その音は確かに私にそのゲームの体力回復がなされたことを伝えてくれていた。
 私たちを見ていたギャラリーは呆れただろう。実際呆れたような声も聞こえたし。しかし、これは私にとっては重要な問題なのだ。
「で、言い訳とか何かある?」
「…だ、だって…!!!ずっと子供のころから追いかけてきたゲームの主人公が!ナンバリング外だからお祭りゲーに出来ることないだろうなって、実際前作、前々作では出てなかった私の長年の推しキャラが!そのお祭りゲーに参戦して、CV.立○さんで、しかもそのゲーム特有のCGでもともと中性的と言われていた以上に中性的に描かれたっていうのに、時間を費やさないわけにはいかないでしょ!!しかもそれがソシャゲーで出てくれて、イベント限定キャラとして出たらやりこむしかないでしょう!!!!」
 語り終えた私は荒く息をしながらも達成感に包まれていた。
 たとえるならあの、中間テストが終わった直後の気分だ。最後までやり遂げたあの感じ。しかし、中間テストでたとえるのならその達成感の後にテスト返却と言う悲しいイベントがある。そして私にもテスト返却と同じように悲しいイベントが待ち受けていたのだ。
「へぇ、で?」
「…あの、で?と言われましても…」
「それってボクよりも熱中するようなことだったんだ。ふぅ~ん」
「いやあ、まあ、多分そのゲームは意識あるころからずっとやってる記憶あるし、リメイク作もキッチリやりこんだし…」
「ふぅん。そっか」
 狛枝くんの反応がものすごく冷たい。氷点下とたとえても過言はない気がするほど。というか…あきらかに拗ねている気がする。まぁ、私もゲームに熱中しすぎてて狛枝くん放っておいてしまった非はあるのだけれど。
「あの…狛枝くん…その、ごめんね?」
「何が?」
「ゲームに熱中して狛枝くんのこと放っておいちゃったこと」
「だってキミはボクよりもそのゲームの方が好きなんでしょ?」
「そ、そんなことないよ!確かに狛枝くんより優先してしまったけど、さすがに二次元と三次元の区別くらいはちゃんとつけてるよ!!」
 そう反論すると狛枝くんは「そっか」とだけ呟いて、立ち上がる。帰るのかなと思ったが、立ち上がっただけで帰るそぶりは見せない。どうしたのかと思って、狛枝くんの顔を見る。すると、狛枝くんの顔が、近づいて、あれ。
 重なった唇が離れていく瞬間、狛枝くんの舌が私の唇をペロッとなめる。思わずびっくりするけど、狛枝くんはどこ吹く風で私の耳元で囁いた。
「ゲームの彼はキミにこんなことしてくれないでしょ」
 先程まで固まっていたギャラリーは突然の出来事にヒューヒュー!と声を上げる。その声は私の頬の熱をだんだんと上げていく。ヒートアップしていく思考の中、「やられた!」と私はそう思ったのだった。