人を殺した。
真っ赤に染った両手を見て考える。嗚呼、殺すなんてなんてことはないことなんだと。きっかけは単純だった。コイツに私が脅されていただけだ。脅されて限界になった私が激情の余り殺してしまった。なんともチープな動機だ。そんなチープな理由で私は人殺しになった。私はその程度の人間だったのだ。
外から聞こえる酷い雨音の中、真っ赤な手で死体を切り刻む。既に冷えた血がさらに手を赤くするが気にしない。死体を隠さなければ。そう思えば目の前の人だったモノがなんでもないそこら辺の置物に見えてくる。ただ置物を片付けているだけ。そんな気持ちで死体を処理する私はとうに狂っていたのかもしれない。
バラバラになった死体をそれぞれ別のビニール袋に詰める。この死体は全く別の場所に捨てるつもりだ。スコップを持つ。雨合羽を羽織る。マップに捨てる場所の検討をつけて自転車で走り出す。こんな雨だ。外を出歩く人など居ないだろう。びしょびしょになるが構わない。とうに私は血に濡れている。
スコップで地面を掘る。犬が掘り返してしまわないように深く。まずは1つ。そして2つ。3つ。移動を繰り返しながらそのモノを捨てていく。そして最後を埋めに行こうとしている時に遠くから車のクラクションが鳴り響いた。人が降りてくる。嗚呼私はここまでだったのか。
「どうしたんだよ、びしょ濡れじゃないか」
そう言って自分の来ていたコートを着せてくれるのは狛枝くんだった。いつの間にかボロボロになって意味をなさなくなっていた雨合羽はどこかに行っていたらしい。土と雨に塗れた私の体を気にせず狛枝くんは車に載せてくれる。大丈夫と気遣うようにこちらを見る狛枝くんに今まで冷えていた何かが瓦解して涙が溢れた。しばらく無言で私の嗚咽と窓を叩く雨音だけが響く。その音を先に切り裂いたのは狛枝くんだった。
「死体、ちゃんと埋められた?」
時が止まったように感じられた。油の切れた機械のようにギギギと首を動かす。見たくない。彼の顔が怖い。それでも無理矢理動かしてみる。予想に反して彼の顔は微笑んでいた。
「手伝うよ」
ただ一言。たった一言だけを呟いて狛枝くんは車を走らせる。お互いが無言の中、車がたどり着いた場所は私が死体を捨てる最後の場所だった。狛枝くんが車を降りて私もそれに習う。そして先程の宣言通り狛枝くんは私の死体遺棄を手伝ったのだ。ただ一言。の為ならボクは死んだって良いんだよ、と。
死体を埋め終えた狛枝くんと私は再度車に乗り飲む。車は私の家には寄らず狛枝くんの家へと向かった。なんにもないところだけどと笑う狛枝くん。今日は泊まっていけということだろうか。ボクの服を貸すよと優しく手渡してくれる。お風呂沸かしてくるから待っててね。と微笑む狛枝くんに私は何も出来なかった。
それからは普通だった。雨に冷えた体をお風呂で温め、適当に作ったご飯を二人で食べた。あまりに普通だった。人を殺した私にはあんまりにも。
狛枝くんがおやすみと言う。お風呂に入り、ご飯を食べ終わった私たちはやることなど無く、寝るにはちょうど良い時間になっていた。狛枝くんが眠くなってきたし寝るね、と言って寝室に消えていく。それを私は見送った。まだ眠くない。あの死体がずっと私に囁いている。俺を殺しておいてお前は普通に過ごすのかと。怖い。嗚呼怖いのだ。人を殺しておいて狛枝くんに普通を享受される私が怖いのだ。優しい狛枝くんに罪を一緒に背負わせた私が怖いのだ。しばらくして、私は立ち上がる。ごめんね。そう呟いたのは死体にだったか狛枝くんにだったか。何も分からない。既に寝ただろう彼を起こさないように静かにドアを開ける。雨はまだ降り続いている。雨音は激しくきっと音には気づかないだろう。私は雨に濡れる街を走り出した。
どれだけ走ったのだろう。気付けば雨でかさを増した川の橋の上に居た。がむしゃらに走って辿り着いたのがここだ。きっと神様の思し召しなのかもしれない。はは、と乾いた笑いを零す。ここに来たのならやることなどひとつしかない。着ていたパーカーの紐を抜き取り近くにあった大きめの石と足を結びつける。用意は整った。さよならありがとうごめんね。嗚呼、書置きでも残してきたら良かったな。そんなことを思いながら橋から落ちる。水飛沫を上げて落ちていく。水底に沈んでいく。遠くなる水面を見つめて笑う。その時だった。いるはずの無い彼が見えたのは。
聞こえるはずのない声が聞こえる。
言ったでしょ。の為ならボクは死んだって良いんだよ。
馬鹿凪斗。そう呟こうとした言葉は泡になって消えた。