常日頃からつけていた日記が、自身の未来を予測する日記になってから早1週間。この日記が、私以外の全ての情報を把握する『無差別日記』ということを知った。
「自分自身の未来を予測しないなら、ちょっと使い勝手がなぁ」
 まぁ、いっか。と溜息をつきながらスマホをしまう。私自身の未来を予測しないとはいえ、抜き打ちテストの情報をくれたりするのは好都合だった。流石にテスト中にスマホを開いて見たりはしないが、事前にその情報を得ていたことによって、未だ習っていなかった問題の予習が出来た。お陰でクラストップの成績を納めるのも難しくはなく、人生勝ち組ルートに乗り上げたのだ。
 この日記があるなら、悠々自適と楽々人生を送れるだろう。そう思って教室から帰宅しようとすると、スマホからノイズのような音が聞こえた。聞きなれないノイズ音に思わずスマホを見る。
『18時48分。廃ビルの14階。通り魔に追い詰められ殺される。DEAD END』
「な、何、なにこれ!」
「勿論、キミの未来だよ。さん」
 突然に書き換えられた死の未来に愕然としていると、後ろから声がかかる。
 狛枝凪斗。同じクラスに所属し、容姿端麗、成績優秀と名高い彼が、どうして。
「それがキミの未来」
「な、何が」
「やっぱりそうなんだね」
 薄く笑いながらこちらに歩いてくる狛枝くんに恐怖を覚えて教室から逃げ出す。後ろから「逃げちゃダメだよ」と聞こえるがそれどころでは無い。何とか、学校から抜け出すことに成功するが、スマホからノイズ音がまた聞こえた。走りながらスマホを見る。『街中、狛枝凪斗が先回りしている。逃げられない』そう記述されていると思えば、目の前にどう動いてきたのか、笑う狛枝くんがいた。
「だから逃げたらダメだよ」
「なんで! 私の逃げ先が分かるの!」
 再度狛枝くんから逃げ出す。追い詰められるような形で逃げ込んだ先は廃ビルだった。まさか、まさか、アイツが通り魔なんじゃ……。上がる息を何とか飲み込みながらビルのエレベーターへと駆け込む。がむしゃらにボタンを押して、ドアが閉まっていくのに安堵したその時。すんでのところで開かれていくドア。驚いて見れば狛枝くんの細い指がドアを開けていた。
「な、な、な、」
 狭いエレベーター内を後退れば、直ぐに壁にぶつかる。狛枝くんの背後でドアが閉まっていく。もう逃げ道はない。コツコツと足音を立てて近寄る狛枝くん。殺される!
「殺さないよ。そういう未来だから」
 咄嗟に目を瞑って衝撃に備えていると、痛みは来ずに唇に柔らかい感触。これは、キス、されている……? 起きた出来事を理解できないまま目を開けば、そこには狛枝くんの顔がドアップで写り、そして離れていく。離れた狛枝くんは恍惚とした表情で微笑む。そして冒頭のセリフを言うのだった。

「未来……?」
「それに勘違いしてるよ、
 狛枝くんは恍惚とした表情から一変して離れていく地上を睨む。エレベーターの一部はガラス張りで、その視線を辿れば地上に黒づくめの人が居ることに気がついた。
「来たね」
「誰……?」
「通り魔だよ。キミの命を狙ってる。3番目の日記所用者。通称3rd」
「狙ってる……? それに3rdって何?」
 全く理解が出来なかった。日記所用者? この男は味方なのか敵なのか。私は何故通り魔に狙われてしまったのか。この男は何故私の行動を把握出来ていたのか。
「ボクはがあの通り魔に殺されるのを予知したんだ。この日記でね」
 狛枝くんはスマホを取り出して私に見やすいように差し出す。分からないままに差し出されたスマホを見れば、そこには私の行動が10分刻みで書かれていた。思わず絶句してしまう。
「これがボクの未来日記だよ。18時48分にビルの14階では死ぬことになってる」
「私の行動が……10分刻みで」
「ボクの日記は『日記』だよ。の行動を10分刻みで記録する。云わば愛の日記だね」
 はは、と笑う狛枝くんに戦慄する。未来日記は今まで作っていた日記の延長で、同じような形で未来を紡いでいた。無差別に記録していた日記が無差別日記となったように。それなら、それなら、この10分刻みで記録する日記は。導き出された答えに震える。
 コイツ、超超超ストーカーじゃないか!
「だから、の未来はボクのもの……」
 エレベーターが14階に着くが、狛枝くんは気にもせずに最上階のボタンを押す。再度エレベーターは上昇を始めた。
「何して、」
「あのね、14階に着くとキミは死んじゃうんだよ。このままだとサバイバルゲームの最初の脱落者になっちゃうよ?」
「サバイバルゲーム……?!」
 聞きなれない単語に脳は再び停止する。サバイバルゲームってことは、その、アレだ……命を懸けて戦い抜くゲーム……。なんでそんなゲームに私が。
「日記所用者達は今コロシアイをしてるんだ。あの3rdのようにね。、この前のテストで『習ってもいない問題』を易々と解いてたでしょ? きっとそこから足が着いたっぽいね」
 日記を見る。『3rdは14階に居る。どうやら予知を外したらしい。まだ私たちを追いかけてくるようだ』こんなことを書かれた日記。未来を予知した日記でどうしてサバイバルゲームに参加することになってるんだ……。

 いつの間にかエレベーターは最上階へと着いていた。狛枝くんが外に出て、私も外に出る。どうやら3rdはまだ来ていない。狛枝くんの登場のせいで予定が狂っているようだ。
「それじゃ、どうする?」
「どうするって、」
 狛枝くんは意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見つめる。どうやら助けると言っても完全に助けてくれる訳では無いらしい。あくまで自分で何とかしろということだ。
 時間はない。何とか考えなければ。そういえばさっきの予知、なんかおかしかった気がする……。……あ。
「私が囮になる形だと先手を取れるかも……」
「へえ、どうして?」
「3rdは私が14階で降りるってことを信じて疑ってなかった。だから14階で右往左往しているという予知が私の日記に出ていた。だけど、事実は違う。狛枝くんによって私はこの最上階に来ていた。なのに、どうして3rdはその予知をできていなかったんだろう」
「……」
「考えられるのは、3rdは私という標的しか予知できていない……ということ。途中で乱入した狛枝くんというイレギュラーは予知できていなかった。だから狛枝くんの手によって私が『14階ではなく、最上階に逃げた』ということを予知できなかったんだ」
「それで?」
「私が囮になる形で、狛枝くんに物陰に隠れていてもらう。きっと3rdは狛枝くんの存在を予知できていない。だから私を囮になれば、狛枝くんには対処出来ないんだと思うんだよ」
 3rdに狛枝くんの存在が露見していないという確証は無い。もしその前提が違えば全てが崩れる。一か八かの賭けだった。そして、聞き終えた狛枝くんは頷き、笑いだした。
「最っ高だよ、! 流石はボクにとっての希望だね! うん、その策で大丈夫だと思うよ」
「でも、私たちは3rdに対する有効策を何も持ち合わせてない……先手を取れても」
「それなら大丈夫。ボクに任せて。それより早く作戦に移そう。そろそろヤツが来るよ」
 それじゃ、また。と狛枝くんは身を隠した。その後にコツコツと階段を登る音が聞こえる。ヤツが来たんだ……!
 最上階に躍り出た3rdは下卑た笑いを浮かべる。その笑いに怯えを感じ後退る。大丈夫、大丈夫、きっと大丈夫……。3rdはスマホを取り出し、見つめた。もしかすると、私が何らかの手段を取って逃げないか確認しているのかもしれない。だけど違う。手段を取るのは私じゃない―!
「な、何っ」
「悪いけど、脱落するのはキミだ」
 どこに隠れていたのか、後ろから飛び出してきた狛枝くんに3rdは身動きを取れなかった。そんな3rdに容赦することなく狛枝くんはナイフを取り出し、投げた。ナイフは放物線を描き、3rdの手元のスマホに突き刺さる。
「もう大丈夫だよ」
 にっこりと狛枝くんがこちらを見る。スマホを壊しただけじゃないのか? そんな問いに答えはすぐに出た。
「なんだこれはァァァ!!」
 3rdがまるでなにかに吸い込まれたかのように消え去ったのだ。3rdがたっていたはずのそこには壊されたスマホだけか残っていた。な、なにこれ、人が消えた……。
「未来日記は武器であると同時に弱点なんだよ」
「……」
「さて、帰ろうか。今日も家に誰も居ないんでしょ? 一緒にご飯食べに行こうよ!」
 なんでもないとでも言うような笑顔を浮かべる狛枝くん。通り魔とはいえ、人が1人消滅したというのに……。そう考えて怖くなる。消滅した3rd。もしかすると消えていたのは私かもしれなかったのだ……。
「あれ、どうしたの? 立てる?」
「……なの」
「ん?」
「こんなの、異常だよ……あなたもこのゲームも……」
 どうしてそんなに平然としていられるの、と狛枝くんを睨む。狛枝くんはものともせず、困ったなあと笑いながら眉を下げた。
「異常、とは思うよね普通ならね」
「そうだよ!」
は今まで普通に暮らしてきたからねしょうがないよね……」
「なんで、こんなことに……死にたくないよ……」
 地べたに座り込んだまま震える私に狛枝くんはしゃがんで目線を合わせる。何をするのだろうと顔を上げると狛枝くんの両手が私の頬を包み、そのままキスをした。
 触れるだけのキスなのに、随分と長いキスだったと思う。キスが長くて唇を離された時には息が上がっていた。何とか息を継ごうと深く息をしていると狛枝くんが力強く私を抱きしめる。
「大丈夫だよ。ボクが絶対に守るから」
 耳元でねっとりと囁かれる言葉。守るという言葉は頼もしいのに、体の芯ではどこか恐怖が拭えない。私はこの人を信じても良いのだろうか……。日記を見る。だけどそこには何も書いてはくれなかった。