「振袖って種類が多いんだね」
「ほんとにね……」
 見渡す限り何十着もある振袖。白色、黒色、赤色、紺色など色とりどりの振袖が存在を主張していた。
 適当に振袖を取ってみると、同じ下地の色でもその艶やかな柄によってそれぞれの振袖の顔が変わってくるから凄いものだ。振袖の量がこんなに多いのも頷ける。
「それにしても狛枝くんが振袖姿を見たいなんて言うと思ってなかったよ」
「どうしてもさんの晴れ姿が見たくてね。ほら、今年成人だしちょうどいいじゃないか」
 まぁそうなんだけど。
 そう。私は今年で二十歳になった。同じ年頃の女の子は華やかな衣装を可愛く着こなしているのを最近よく見かけた。前撮り? と言うやつだ。正直なところ、自分は興味なかったし、なんなら成人式なんてバックれる予定だったので振袖など目にも無かったのだが……。恋人である凪斗くんの「さんの振袖が見たいなぁ」には勝てなかったのである。我ながらチョロいと思う。
「うーん、振袖が多すぎて決めるのも困るなぁ……カタログ見せてもらったけど、着てみないと似合うかどうかも分からないじゃない」
さんならなんでも似合うと思うよ!」
「そのなんでもが1番困るやつ!」
 さらりとそんなこと言ってくるものだから、尚更困る。なんでもと言われてもな……、と口元に笑みを浮かべながら楽しそうにしている狛枝くんの顔をチラリと盗み見る。別に振袖が似合う似合わないとかどうでもいい。だけど、折角なら彼に喜んで貰いたいじゃないか。そう思って目の前の振袖を取った。
「こんなのどうかな!」
「あ、いいね。可愛いよ」
「この振袖は!」
「似合うよ」
「これ!」
「綺麗だね」
 ダメだ……。この男、本当になんでも良いのかもしれない。やっぱりなんでも似合うね!とにこやかに笑う狛枝くん。嬉しいのだけど、嬉しいのだけど……。なんか納得がいかない!うーん、と唸りながら次々と矢継ぎ早に振袖を手に取ってみるが、結果はどれも一緒だった。
「ほんっとになんでも良いんだね狛枝くん……」
「似合うからね」
「それホントに困るぅ……」
 助けを乞うように連絡アプリで響子ちゃんとさやかちゃんに振袖の写真を送れば、「は落ち着いた紫とか黒が似合うわよ」「違いますー! ちゃんは白やピンク、水色とかの可愛い感じのパステルカラーがよく似合うんですー!」と謎の場外乱闘が始まっていた。つまり、彼女らはなんの助けにもならなかったのである。
 頼みの綱はいとも簡単に切れ、ガックリと肩を落とす。携帯を片手にぐぬぬ、と唸っていると、もう耐えきれないとでも言うような忍び笑いが聞こえた。狛枝くんである。
「狛枝くん?」
「ごめんごめん、ボクのために右往左往してたさんが可愛いらしくてつい」
「!?」
 その発言に驚く。えっと、狛枝くんは最初から分かっててからかってたってこと? 顔が一気に熱くなる。
「なっ、なっ…… 悩んでた私がバカみたいじゃない!」
「あ、でも似合ってたのは本当だからさ」
「う、うう……」
 そう言われると弱い。何も言い返せなくなる。本当にチョロいと思うが、狛枝くんの似合ってた発言は私には効果抜群なのである。
「まあでも悩んでたのは分かってるよ。からかってごめんね」
「うん」
「それでボク考えたけど、あれがいいと思うんだけど」
 そう言って指を差したのまだ私が試していない振袖だった。よく見てみようと思って手に取る。落ち着いた紺色の下地だと思えば、その柄は明るい赤で刺繍された椿で彩られていた。紺色でも寂しすぎず、多く咲いている椿もうるさすぎずなんとも調和の取れた振袖だった。
「わぁ綺麗……」
「試しにさ着てみない?」
 狛枝くんはスっとその振袖を取ると、店員さんに手渡した。これお願いします。そう言うと店員さんはにっこりとと受け取って、こちらですよと私を促す。
 試し着と言えど簡単に羽織るだけなのですぐに終わる。少しして様子を見に来た狛枝くんが満足そうに頷く。
「うん、それが今日1番似合ってるよ」
 それが決め手だった。

 振袖を決め終わった帰り道、ずっと気になっていた事を狛枝くんに聞いてみる。
「そういえばさ、なんで振袖が見たいって思ったの?」
「そりゃだってねえ」
「うん」
「もう着れないかもしれないしね」
 ポカンとする。振袖をもう着れない。そしてひとつの答えに辿り着いた。狛枝くんはこちらの反応を見るかのようにニヤニヤとしていた。
「なっ、なななな、なーっ!」
「アハハ、顔真っ赤」
「狛枝くんのせいだよバカー!」

【振袖】……一般的に『未婚』の女性が着る服と言われている。