『それ』は突然やってきた。
日向はまた面倒くさそうなことになりそうだと溜息を吐く。その目線の先には奴がいた。
「カムクライズル……」
カムクライズル。希望ヶ峰学園77期生を巻き込んだ南国でのコロシアイを引き起こした元凶の元凶。自分であって自分では無い男。自分と全く同じ顔が目の前に居るのはなんだかなれない。
「なんでこんなことになったんだ?」
同室していたを見ると、彼女は神妙そうな表情でそこにいた。重苦しそうに口を開く。
「これには……山より深く、谷よりも高い事情が……」
「つまり?」
「全く分かりません! 原因不明です!」
「開き直るなよ!」
開き直る彼女にツッコミはしたが、原因不明なのも仕方ないとは思う。自分とカムクラは同一人物だ。自分という存在がジャバウォック島に存在する限り、カムクラという存在はジャバウォック島には出てこない。出てこられない。そういう解釈だったのだが……。
「見当違いだったってことか……」
「で、カムクラくんはこれからどうするつもりなの?」
鋭くはカムクラを睨みつける。前回のジャバウォック島をコロシアイに巻き込んだ黒幕を、ウサミや七海と同じく管理者であったにとっては、危惧すべき存在なのだろう。
「別に何もしようとはしてませんよ」
「そう、別に何もする気は無いと……ってハァ?」
「なんなら、今のこの島のルールに則って修学旅行を楽しもうかと」
「え、な、何言ってるの、そんなの認められるわけ、」
「そういえば、あなた達って今未来機関に提出する隠蔽工作に勤しんでましたよね。2回目のプログラム起動で、隠蔽することも更に増えたはず」
「そ、それは……」
「認めてくれるなら、手伝いますよ」
「ジャバウォック島にようこそ!!!」
呆気なく掌を返した。再度言うが、目の前にいるその人物は、の書類作業を増やす原因となったコロシアイの黒幕である。それでいいのか、それで。
そんなこんなで、カムクラはジャバウォック島で修学旅行を送ることになったのである。
カムクラがジャバウォック島に溶け込んでから1週間。俺の双子の弟であり、体調不良のせいで合流に遅れた、という設定で修学旅行に参加した。なかなか苦しい誤魔化し方だとは思うが、コロシアイで生き残った仲間たち、未来機関に属する七海たちが何とか口を合わせてくれたので大体何とかなったのである。そう大体は。溶け込めなかった例外も居た。それは狛枝だった。
才能を愛している狛枝のことだ、最初は才能に愛されたカムクラを見て歓喜し、「双子で才能に恵まれてるなんて素晴らしいよ!」と言っていた。まあ俺には才能は無いのだが、それは関係の無いことである。
最初はカムクラの存在を歓迎こそしてはいたのだが、そこからの1週間が彼にとって地獄だったらしい。
話は変わるが、狛枝はに惚れている。
本人は無自覚のようだが、お出かけチケットを手に入れては自由時間にを即誘いに行っている姿で周りのみんなにはそれはもうバレバレだった。本人達だけが気がついていないという奇妙な空気だったのだ。
そこにカムクラが入ってきた。カムクラはそんな空気が形成されていたのを知らなかったのか(いやでもアイツの才能を考えれば気づいていたとは思うが)、カムクラもカムクラでをお出かけにガンガンに誘って行った。
才能をフル活用し、狛枝の幸運に邪魔されない見事なロケーションを確保し、お出かけにかっさらって行くのである。見事な才能の無駄遣いだ。
最初こそ狛枝は「ボクみたいなゴミクズなんかより……」等と卑下していたが、1週間邪魔され続けてついに根を上げたのか、昨日には俺に「キミの弟でしょなんとかしてよ!」と泣き言をあげていた。どうにもならないのである。
「どうしたらさんを誘えるんだろう……」
南国の暑い陽気、カンカン照りで明るい太陽に包まれたレストランの中で、を誘えず溜まりに溜まったお出かけチケットを片手に狛枝が今にも死にそうな声で呟く。
カムクラを何とかしないとどうしようにもな、と俺は呟くが、正直あのカムクラを御することができる存在なんてどこにも居ない気がする。狛枝も分かっているのか、溜息で返事をした。
「カムクラクンが強すぎるんだよねぇ……」
「僕がどうしましたか?」
「うわぁ!?」
狛枝と2人して驚く。いつからいたんだよコイツ……。というか、今日はもう既にを誘いに行っていると思っていたから、まさかここに居るなんて思わなかったのだ。
「い、いつから居たのカムクラクン……」
「最初からですけど」
「気づかなかった……」
「超高校級の諜報員の才能くらい持ってますから」
いや、居るなら声くらいかけろよ。そうツッコミたくなるのを飲み込む。この修学旅行を楽しむと言っていたカムクラの事だ、狛枝の百面相を楽しんでいたのかもしれない。
「最初から聞いてたなら話は早い。少しくらいは自由時間譲ってあげたらどうだ」
「いいですよ」
「そうか……って、いいのかよ」
「ええ、今までのお出かけチケットは全て最初に約束した書類処理の手伝いをしていただけですので」
なるほど、今までお出かけチケットを渡して居たのは、彼女との時間を確保することで当初の約束を果たそうとしていたのかと納得する。カムクラとの1週間、は書類作業に缶詰だったのかと思うと不憫だが、今後の俺たちの処遇に関わるものだ。是非とも頑張って頂きたい。
しかし流石に1週間ぶっ続けはキツいだろう。そう思ってカムクラは1週間経った今を解放したのかもしれない。
「カムクラクンありがとうこの上なくキミに感謝してるよ!」と狛枝が早口で叫ぶと、手持ち無沙汰にしていたお出かけチケットを持って駆けていく。俺たちはその背中を見送った。
それからしばらく無言が続いたが、カムクラが口を開いた。
「僕は」
「?」
「恐らくこのジャバウォック島のバグのようなものでしょう。貴方という人格がこの島に適応して、僕はこの島から零れ落ちました。……僕が今ここにいるのは奇跡とも言えるかもしれません」
「そうか……」
「僕はこのプログラムの中でしか存在できません。それに関しては、別に何ら不満などありませんが……最期を前にして少しはしゃぎすぎたのかもしれませんね」
誰に向けた訳でもない言葉が空気に溶けて消えていく。驚いてカムクラを見れば、髪でほとんど見えない顔の口元が、僅かに笑っているように見えた。
「お前……」
お前なりにこの島を楽しもうとしてるのか。そう声を掛けようとした時だった。
「あれー? 2人とも何してるの?」
「よっ」
と七海がそこにいた。ん? んんん???
「!? なんで七海と!? 狛枝は!?」
「狛枝くん? 今日はまだ見てないよ? 今日は七海ちゃんがお出かけチケット渡してくれてねー、今一緒に遊んでるの!」
久々に書類処理以外のことしてるよー! と満面の笑みの彼女の弁。狛枝のことはまだ見てない? じゃあ、あの意気揚々と出ていった狛枝は?
カムクラを大慌てで振り返る。カムクラは俺の視線をどこ吹く風という態度で受け流した。
「僕一言も『狛枝』に自由時間を譲るとは言ってませんけど」
長い溜息が出て脱力する。狛枝が死ぬほど可哀想に思えてきた。
ほんとコイツ楽しんでるなぁ。