ノスタルジックメモリー

 大学二年生の春。私は彼氏に振られた。
 厳密には彼氏に振られた、というよりはいきなり彼氏が失踪した、という方が正しい。連絡は着かない、彼氏の家に行ってみればもぬけの殻、という散々な結果だ。巷で聞くような結婚詐欺のように多額のお金を彼氏に費やした訳ではないから金銭的な被害が自分にあったわけじゃない。でも精神には勿論大ダメージで。彼氏に捨てられたのだと知ったその日は一日中泣き喚いたし、しばらくの間は二十歳なりたてにしてお酒に逃げることすら覚えた。本当の本当に元彼のことが好きだったのだ。
 そんな悲しみに打ちひしがれる毎日の中、元彼からの手紙でも来ていないかと未だ未練がましくポストを覗いた時にそれはあった。
「審神者要請書……?」
 最初はそのさにわ、という文字すら読めなかった。ググってようやく読めたほどだ。どうやら審神者というものは簡単に言ってしまえば神様のお告げを伝えるような存在らしい。巫女さんとどう違うのだろうか。その違いも分からないままに封を開いてみればそこには日付と時刻、そして集合場所しか書かれていないというなんとも怪しさが漂うシロモノだった。しかし、既に精神のどん底を彷徨っていた私に正常な判断力が残っているわけでもなく、何をトチ狂ったのか私はこの紙に従ってしまったのである。

「……つまり、歴史が歪められてるからそれを付喪神を使役して歴史を治せと?」
「審神者様は理解が早いのですね。つまりはそう言う事です」
 私は米神を押さえて唸る。付喪神の存在、歴史を改変しようとする敵、それに抗う能力が私にあるということ。何もかもが信じられなかったが、目の前にいる狐が喋っているというこの摩訶不思議がまかり通っているのだ。ホログラムでもないようだし、触れてみれば生物特有の暖かさがそこにあった。ということはこの狐は本物だということだ。喋る狐が居るってどういう御伽噺だ。そもそも自分に霊力があるってことすら驚きだ。もう訳が分からん。
「ではまずは最初の一振りをこの目の前の五振りから選んでいただきます」
 いやまだ審神者やるって決めてないんですが。だけど目の前の狐はそんなことは知らないとでも言う様に勝手に私の目の前に五振りの刀を差し出す。どうやら私には選択肢は与えられてはいないらしい。恐る恐る一振りの刀に手を伸ばせば、突然舞った桜の花びらと共に一人の男の人影。
「山姥切国広だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?」
 そこに現れたのは金髪碧眼の美男子。普通の女子なら黄色い悲鳴を上げていたところだろうが、私はそうはいかなかった。
「チェンジでっ‼」
 慄きながら叫ぶ私に目の前の青年がそれ見たことかとでも言う様に顔を歪めたが私はそんなことを気にしてはいられない。その場に尻もちをついて情けない声だけが口の端から零れていく。
 何故なら、彼は私を捨てた男にまるっきりそっくりだったのだから。


山姥切国広の顔が死ぬほど地雷な女審神者と拗らせ系刀剣山姥切国広のドタバタラブストーリーになる予定……のはず。

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