綻びを待つつぼみ

 彼とは生まれたころからの付き合いだった。
 
 周りを山に囲まれた少し閉鎖的な村。リックスの村。広くも狭いとも言えないこの小さな村で限られた同世代の子供たちが仲良くなるのは当たり前のことだった。
「今日はかくれんぼしようぜ!」
 誰が言い出したのか、その声につられてわっと数人の子供たちが走り出す。その中で唯一じゃんけんに負けてしまった私はポツンと数を数えていた。いーち、にー、口で数を数えるたび、子供たちは村のあちこちへと散ってしまっていた。独りぼっちになってしまったことに少し一抹の寂しさを覚えながら、言われた分の数を口ずさむ。
「もーいーかい!」
 数え終えた後、私の声が村に響き渡る。でもそれに帰ってくる声は無くて。きっとみんな自分の隠れ場所を見つけたのだろう、私はそう思って足を進めた。

 一人、また一人と隠れた友達たちを見つけ出す。見つかった子たちは残念そうな顔をしながら渋々と村の広場へと帰っていった。まだ見つけてない子は誰だろう。広くない村と言えど、みんな隠れるのがうまくて一人一人見つけていくには時間がかかりすぎていた。だから鬼をやりたくなかったのだけど。
 山の向こうに見える太陽はオレンジ色に輝いて今にもその姿を隠そうとしている。広場に戻っていった子供たちもその姿を見て、一人ずつ自分の家へと帰りだしていた。また明日、という声に私は広場に集まっていた子供たちの顔を見て、まだここに居ない子供の顔を思い出す。ああ、そうだ。まだ見つかっていないのはあと一人、バッツだ。
 私は広場から離れる。村中を探したというのにバッツはどこに隠れたのだろう。再度村の中を歩き回る。樽の中、子供にはちょっと入り難い酒場、様々な場所を探したのにバッツだけが見つからない。村の外には行ってないはずなのに、どこへ行ってしまったのだろう。既に太陽は落ち、きらきらと細やかな光を星たちが輝き始めていた。
「バッツー、もう帰ろうよー」
 迷惑にならない程度の大声を上げる。早く帰らないと私もバッツも怒られちゃうよ。ドルガンさん、いつもは優しいけど怒るとすごい怖いんだから。いつか見た怒るドルガンさんの姿を思い出して体をぶるりと震わせる。疲れ始めた足をもう一度無理矢理動かして村の中を走り回った。

 そしてある家の近くを通った時、どこからか泣き声が聞こえだした。
 すでに周りは暗くなっていて、突然聞こえだしたその声に私はお化けなんじゃないかと怖くなる。でも、よくよく耳を澄ませてみるとその声は幼馴染のバッツの声だと気が付いた。
「バッツー、どこー?」
 声が聞こえたならきっとこの近くにいるはずだ。そう思って再度大声を出せば、泣き声に隠れて小さな声が聞こえた。
「こ、ここだよ……」
 どうやら自分よりも高い位置から声はしているようだ。私は見上げる。そうか、この家の屋根にバッツは隠れていたのだ。ずっと部屋の中とかを探していたから、全く分からなかった。
「今行くね」
 しかし、そうは言ったものの高い高い屋根の上に上るのはとても難しかった。一体バッツはどうやって上ったんだろう。肘や膝を擦りむかせてよいしょとなんとか屋根の上へと昇る。屋根の上から村を見下ろすと、とても高くて怖くなる。でも、その屋根からバッツが落ちそうな位置にいるのに気が付いてそんなことはすぐに私の頭からすっ飛んでしまった。
「バッツ!」
 悲鳴のように名前を呼んで駆け寄る。今にも落ちそうな彼を引っ張ろうと全力で腕をつかむが、まだ小さかった私にはバッツを持ち上げることなんて叶わず、むしろ彼の体重に引き摺られるようにその体の半分を空中に放り出していた。
「ごめん……」
「謝らないで!」
 弱々しい彼の声を一蹴するように声を張り上げるも、私もすでに限界だった。腕はすでに耐え切れずにぷるぷると震えていたし、二人分の体重を支えていた足は棒のようになっていつ落ちるかもわからなかった。それでもバッツの手は離したくなくてぎゅっとつかむ。ああ、鬼になんてなりたくなかった。私じゃなかったらバッツを助け出せてたかもしれないのに。

 その瞬間だった。バランスを失った体がぐらりと揺れて、浮遊感。足がどこにもつかない奇妙な感触と共に最後に見たのは大きく目を見開いた彼の顔だった。


幼馴染の女の子が旅に出るバッツを待ち続けるお話。タイトルはicca様から。

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