進路は君次第

 カリカリとペン先が紙をひっかく音が部屋に響いている。一つは自分の手元から、もう一つは向かい合って座るシンの手元から。傍らに広げた教科書と何度かにらめっこをしながら、あーでもないこーでもないといずれ来る期末テストに備えて私たちは勉強をしていた。
「そういえばさ、珍しいよね」
「何が?」
「シンが勉強誘ってくれるの。いっつもやりたくなさそうだったでしょ」
 シンはあまり勉強が得意な方じゃない。成績もそんな良くない方らしいし(多分だけど私より下だ)、彼が自発的に勉強をしようと言い出すのは幼馴染で一緒に過ごした時間が長いと言えど、あまり数は多くは無かった。だから今回、シンが期末に備えて勉強がしたいと私に言ってきたときは本当に驚いた。シンに思わず「もしかして悪魔になった影響で性格変わったの?」と茶化して聞いて頭に軽めのチョップを頂いたのはつい最近のことだ。ちょっぴり痛かった。
 私の言葉に対してシンは少しだけ思案して「まあ、ちょっとな」と軽く流して手元の問題に再度集中し始めた。どうやら今回の勉強をしようという提案は本気のようだ。私は本当に珍しいこともあったのだな、と一人嘆息して、しかし幼馴染がやる気を出し始めたのも良いことだと思い直して、自分も手元の問題に取り掛かった。

 それから一時間すぎた頃だろうか。お互いのペンを動かす音が少しずつゆっくりとなってきたことを察したのか、どちらからともなく「休憩しよう」の提案が出たのは。実際、集中力が切れ始めて、問題の正答率が落ちてきていた。そんな中の休憩は願ったり叶ったりで、二人してペンを置いてゆったりとくつろぎ始めた。手持無沙汰になった手でペンを回しながらぼんやり天井を見つめていれば、問題を解きすぎてぼーっとし始めていた頭が少しずつクリアになる気がする。勉強するのは良いことだが、やりすぎはよくないのだなあとしみじみ感じた。
「なあ」そんな中、シンが声を上げる。
「何?」
「お前は、進路どうする?」
 シンのその疑問に、ああと私は頷いた。そういえばシンは自分の進路がまだ定まっていなかったはずだ。だから先生のお見舞い次いでに進路の話でもしようと考えていたんだっけ。まあ、結果は進路どころか散々なものだったのだけれど。
「変わんないよ。前も言った通り進学する予定」
「どこを?」
「どこって……、どうして?」
「どうしてって、それは……」私の疑問にシンは少し言いずらそうに口籠る。
 志望校、シンには言ってなかったかなあ。そう言えば、話をしたのは同じようにある程度進路を定めていた千晶ちゃんくらいだったかもしれない。でもどうして、私の進路がシンは気になるのだろう。参考にでもするのかな。
「俺も、進学しようかなって」
「そうなんだ。良いね。どこ志望とかあるの?」
 シンはまた気まずそうに目線を逸らした。
「無い、わけじゃ……ない」
「ん……、そうなんだ?」
 シンの少し間のある言い方に少し疑問になりながら、そろそろ勉強を再開しようかと回していたペンを止めて持ち直したその時。
「……お前と一緒の所、行きたいなって」
 ぽと、と音がした。私の手の内からペンが床に落ちていた。拾わなきゃ、と思うのに、体が硬直しちゃって動けない。だって、シンは今何を言った?
「私と、同じところ?」
 シンはゆっくりと首を縦に振る。その耳が赤く染まっているのはきっと気のせいではないだろう。
「でも、シン。シンの成績ってあんまり良くなかったよね」
「良くはないと思う」
「もしかすると難しいかもしれないよ」
 私の志望校は少し難しい。だから私も最近は本腰を入れて勉強をするようになったくらい。そうなると、私より成績が低いかもしれないシンは。
「結構頑張らないと入れないかもしれないよ。それでもいいの?」
 シンはもう一度頷いた。シンだってわかってるんだろう。今のままじゃ同じ学校にいけないって。だけど、それもシンは承知の上で言ってるみたいだった。
「俺、頑張るよ。お前と少しでも一緒に居たいからさ」
 ──ようやくわかった。今日、シンが私の事を勉強に誘ったのも。珍しく勉強に乗り気だったのも。全部、全部、私と一緒に居たいと、そう思ってくれたからで。
 そう気が付くと、なんだか胸の奥がくすぐったいような気分になった。目の前に居るシンが途端に可愛くて愛おしく思えてきて、とても頬が熱い。再開しようと思ってたのに、それどころじゃなくなって思わず顔を覆ってしまった。指に伝わる自分の頬の熱。その熱に浮かされたように、頭がおかしくなってしまう。もう。シンのせいだ。
「ねえ、シン」
「ん?」
「私も一緒に居たいし……、頑張ろうね」
「うん」
 落ちたペンを拾う。まだ頭は熱に浮かされているけど、でもだからって勉強を止める理由にはならない。目の前のこの人と一緒に居たいと望むなら、この手を止められる理由なんて無いわけで。気を抜くと緩んでしまいそうな頬を引き締めながら、私は再度問題に向き合った。