瞼の裏のメランコリィ

夢主の死亡描写があります。

 幼馴染は不器用だ。
 毎朝、長いその髪の毛を編むのに苦労しては、結局ぼさぼさの髪の毛でいつも家を出て来る。学校まではまだ時間もあるし、俺が頼み込まれていつも髪の毛を編む。お陰で幼馴染よりも髪の毛を弄ることに関しては幼馴染よりも俺の方が得意になってしまった。何度やっても上手くできないのならいっそ編むのを止めてしまえばいいのに、と何度も俺は言ったが、その度に彼女は「女の子だもん! 可愛くしていたいよ」と笑う。お前をそう可愛くしているのは俺なんだけどな。そう思うが、俺は彼女の髪を編むのは好きだったし、彼女がいつも嬉しそうに笑ってくれるから別に俺はそれで良かったんだ。

 彼女の髪を編まなくなってしばらく経った。いつもカグヅチが燦々と照らしているこの世界では月日がどれほど過ぎていくのかは正確には分からない。だけど、俺が悪魔になってから、彼女の髪を編むことはめっきり減った。しなくなったという方が正しいかもしれない。勇や千晶のように人間としてこの世界に生き残ってしまった彼女は、彼らのように一人でこの世界を行くことは無く、俺と一緒に活動していた。悪魔の蔓延る中、生き残ることが最優先のこの世界では彼女の髪はいつもぼさぼさだ。髪の毛を整えようとする暇さえ惜しいこの世界、彼女は何もわがままを言わず、俺は髪を結んでほしいと頼んできていた昔の彼女の姿が無性に恋しかった。
 ある日のことだった。いつものように襲われることがないように幼馴染を隠していたターミナルに戻ってくると、そこには誰も居なかった。狂ったように辺りを探すも、出て行ってからもうしばらくの時間が経っていたのかその足取りを俺は終ぞ辿ることは無かった。疲れ切った体をターミナルに寄り掛かれば一本の髪の毛が落ちていたことに気づく。あの子の髪の毛だった。指でかいつまんで放り投げてしまおうとしたができなかった。
 彼女は俺の居ない間、ずっと一人で此処で髪の毛を編む練習でもしていたのだろうか。探索や戦闘に追われる俺に何も言うことなくたった一人で。そして他の友達のように自らのコトワリを見つけ出してしまったのか。なにも分からない。だって俺たちはこんな世界になってから言葉を交わすことがめっきりと減ってしまったのだから。髪の毛を編んで、なんて可愛いお願い事も言わなくなるほどに。
 あの子がコトワリを紡ぐなら、俺はそれを選んでやりたいとそう思う。それしか俺が彼女にできることはもう無いのだから。そしてもし出来るのならその新しい世界で、またお前の髪を。

 幼馴染と再会するのは早かった。何故なら、彼女はボルテクス界を占める砂の中に眠っていたのだから。悪魔に襲われたのか、至る所が出血していてその顔は青白い。
「こんなとこで死んでちゃ、何も分からないだろ」
 当たり前だが返事は無い。俺は彼女の亡骸の隣に座り込む。ざらざらとした砂が足に付くが気にすることは無い。俺は結局彼女が何を思い行動したのか、知ることはできなかった。
 横たわる彼女の髪に絡みつく砂塵を一つ一つ丁寧に俺は払う。女の子だもんな、こんな汚いの嫌だろ。完全にとは言い難いが、髪に着いた砂を払う。彼女の上半身を起こしてやり、俺は震える手で彼女の髪を編んでいく。久しぶりのそれに何故か視界が歪む。上手く出来ない。こんなのじゃお前のこと不器用なんて言えないな。頬を伝った何かが、ぽたりと落ちる。
 ようやく出来た髪型は、昔に比べれば酷く不格好で。幼馴染が見ればこの出来を笑ってくれただろう。いや、もう笑わないか。死んだんだから。
 ターミナルに一人置いていく彼女の姿が脳内にちらつく。俺を見る、心配そうな顔。そんな顔をさせたいわけじゃなかった。こんな世界でも生きていてくれるだけでよかった。
 毎朝髪の毛を編んでほしいと強請っていたくせに、この世界でわがままを言う事は一つもなかった。俺にこれ以上負担を強いれないなんて思ってたんだろう。アイツはそういう奴だったから。嗚呼でも、お前が望むなら、俺はいつだって髪の毛くらい編んでやったのに。そう思ってしまうのは俺の未練だろうか。

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