秘められたポインセチア
私は今日も恋をする。
私の目線の先のあの子は今日もうつらうつら。前に話したとき、数学は苦手だと言っていたので、数Ⅱの授業は彼女にとっては、うってつけの睡眠時間なのかもしれない。首を縦に少し揺らしながら熟睡する彼女に、そんなのじゃ首を痛めちゃいますよと内心ハラハラしながら見守っていれば、先生が私を指名する。ああもう。もう少し彼女のことを見守っていたかったのに。そんなことを思いながら私は起立して当てられた問題を答える。少し難しかったけれどなんとか正解していたみたいで、離れた席から桑田君の私を褒める声が聞こえた。それを他所に、大急ぎで彼女に視線を移して見たけれど、彼女はまだまだ夢の世界みたいでちょっぴり残念。頑張ったところ、あなたに見てもらって褒めて欲しかったのにな。
終了のチャイムが鳴って、ようやく訪れた休憩時間にざわつきだす教室の中、私はすかさず彼女に駆け寄る。
「授業、終わっちゃいましたよ」
「んん……、あれ、寝ちゃってたみたい」
「ふふ、私の席からも寝ちゃってるとこバッチリ見えちゃってました」
「ほんと? 恥ずかしいなあ」
そう言って頬を掻くあなた。その顔は寝起き特有のとろんとした目に少し上気した頬。この子のこんな顔を見ているのは私だけということにほんのり暗い優越感を抱きながら、とくんと跳ねた心臓を必死に抑えて私は笑顔を作る。あなたの知る私は、ステージの上で輝くアイドルの私。こんな暗くて重い感情を抱えた私をあなたにだけは知られたくない。好きな人の前では常に輝いた自分でいたい。
「ノート、全部取ってますからあとで見せてあげますね」
「わー、いいの? さやかちゃんにはいっつもお世話になっちゃってるなあ」
「いいんですいいんです、友達なんですから。お返しと言ったらなんですが、また今度一緒にご飯食べに行きませんか?」
「うん! 行く行くー」
友達。自分で言った言葉に胸が少し痛んだ。そう、私たちは友達の範疇から決して出ることはない。
同性。性別の壁は果てしなく高くて遠い。それにこの想いが決して実りはしないことを私は知っている。
「あ、苗木君だ」
ふにゃり。彼女が微笑む。その笑顔は私には見せない笑顔で、苗木君にはいつものように向けている笑顔。知っている。あなたが苗木君のことが気になっていることは、あなた以上に私は知っている。だって同じくらい私はあなたのことが好きだから。好きな人が好いている人を、私は痛いほど知っている。
「さっきはぐっすりだったね」
「わー、苗木君にもバレてたんだ。恥ずかしい」
「隣の席だからすぐ気が付くよ。船を漕いでるところ、何回も見えてたし。……もしよかったらだけど、ノート見せようか?」
苗木君の言葉に胸の中でむくりと起き上がる独占欲。ダメ。ダメ、ダメ。苗木君の優しい目線がこの子のことを見つめている。彼が彼女に向ける視線は私のものと一緒で……。
傍から見ればお似合いの二人。きっと部外者なのは私の方。それでも私は耐え切れずに手を伸ばす。伸ばした両手で彼女の肩を掴む。
「わっ」
「ダメですよ。私がノートを見せるんです。さっきそう話してたところなんですから。……まだ、苗木君には渡しません」
そうしてぎゅっと抱きしめると彼女の柔らかい感触。服越しに伝わる暖かい体温。
いつかこうやって抱きしめることもできない所に彼女が行ってしまうのだろうか。そう思うと胸がきゅうっと苦しく痛んだ。だけど、きっと私の手から離れた彼女はきっと幸せになれるだろうから。私はその時が来たら笑顔で見送らなければいけない。だって好きな人の幸せを私は祈らずにはいられないから。いつか苦しむことになっても、それを抑えて笑ってあなたのことを送り出せるようになるから。でも今だけは、その時が来るまでは、こうやってあなたのことを想い続けること、許してくださいね。