聞きなれた音楽が流れ始める。胡乱な目で音源を見つめれば、ミュージックプレイヤーが音を流し続けていた。一瞬だけ、そのミュージックプレイヤーの前にが居るのを幻視する。幻だ。分かっている。だって彼女はもうここにはいないのだから。
 彼女はこの音楽が好きだった。好きで、なんどでも流してループさせて、苗木も歌詞を覚えたほどだ。
 なんてことはない、よくあるような恋愛ソングだった。なぜ彼女はこの曲が好きだったのだろう。わからない。聞いたことがなかった。今思えば聞いてみればよかった。こんな風に聞けなくなってしまう前に。
 苗木はそんな考えを振り払うように頭を振る。嫌だ、この曲を聴いていると嫌でもさんのことを思い出してしまう。苗木は立ち上がってループして流し続けるミュージックプレイヤーを睨みつける。音楽を止めようとして、その手が止まった。消せなかった。彼女を思い出せる痕跡はもうこれしかなかったからだ。震える手で機械のスイッチから手を放す。
 いつもこうだった。いつもこうやって音楽を消せなかった。
 かつてこの音楽をループして聞き続けた彼女のように、苗木もループして聞き続けるのだった。