悔しさは勝利の味を知っている

「またの挑戦をお待ちしております」
 その言葉と共に返される手持ちのポケモンたち。気まずい顔をした彼らがボールの中からこちらの顔を伺いみているのが分かる。それもそうだ。私は今チャンピオンになって以来、久々に敗北したのだから。
 手持ちを抱えた私は施設を出る。そしてすぐそこにあったベンチに腰掛けては、先程まで居た施設の外観を見上げた。
 バトルファクトリー。今まで私が挑んできた4つの施設とは違い、自らのポケモンでは無く借りたポケモンで勝ち進めて行く施設。借りるポケモンもこちらが自由に選べる訳ではなく、最初に借りたポケモン以外は対戦した相手のポケモンから借りていく施設だ。故に、今まで慣れ親しみ知り尽くしてきたポケモンでは無い、全くも知らないポケモンで挑まなくてはならない。そもそも対戦相手に対して有利なポケモンで挑めるかも分からない。知識と運。その両方を兼ね揃えた者しか勝ち進めないのが、この施設だった。
 借りたポケモンが悪かったなんて思わない。だって、あの時借りたポケモンは対戦相手に対して確かに有利だった。それでも負けたのは、今まで知らなかったポケモンの特徴、長所を掴みえなかった故の敗北だ。完全に自分の采配ミス、実力不足が招いた敗北だった。
 唇を噛み、手を握りしめる。悔しい。久々の敗北という文字が肩に伸し掛る。敗北とはこんなにも苦い味だったか。
「さっきの対戦見てたか?」
「ああ、新チャンプのやつだろ」
 突然聞こえた声に肩を強ばらせる。通りすがりの男性2人が話していた。新チャンプの対戦ということは先程の対戦を見ていたということだろうか。
「どう見ても有利だったのに、新チャンプが負けてたよな」
「そうそう。しかもフロンティアブレーンの所に辿り着く前に負けたよな。正直ガッカリだよ」
「チャンピオンって言ってもまだまだ青いガキだろ? 舞い上がって舐めプしてたら負けちゃったんじゃねーの」
 違いねぇと笑って去っていく2人。
 違う。本当は私だって勝ちたかった。本気だった。それでも勝てなかっただけだ。
 でも、そう思われても仕方なかったのかもしれない。チャンピオンは人目を集める。そんな注目度が高い存在があんな敗北を喫したら、人々に呆れられるのは仕方の無いことなのかもしれない。
 そう考えて再度肩を落とす。その時だった。誰かに隣から声をかけられる。
「気にする必要ないですよー」
 驚いて隣を見れば、いつの間に座っていたのか前髪が特徴的な少年が居た。えっ、誰この人。本当にいつの間に隣に座ってたの。
「バトルファクトリーに挑んだこともない人の戯言なんて無意味なんですよー。見てたら分かりますからねー。あなたは本気でした。本気で挑んで負けたんですからー」
「ズバズバと言ってきますね……」
「だって事実でしょー?」
 彼はこてんと首を傾げる。その遠慮無い発言に思わずイラッとするものの、事実だ。私はグッと抑えた。
「でもキミはその悔しさをバネにきっと駆け上がってくると思うんだよねー。91パーセントってとこかなー?」
 そう言った彼の手には謎の薄型の機械があった。何の機械なのか全く分からないが、その機械を通してジーッと見つめてくるのだから何かしら分析に使うのかもしれない。
 私がその人に気圧されていても、その人はペースを変えない。しばらく機械を通して見つめていたと思えば、突然立ち上がった。
「そろそろ時間なんて帰りますねー。また会えるのを楽しみにしてますよー」
 そう言って彼はバトルファクトリーに入っていく。バトルファクトリーの関係者か何かなんだろうか。
「なんだったんだろう、あの人……」
 嵐のように現れて嵐のように去っていったなと彼が消えていったファクトリーを見つめる。先程自分が負けた施設を見るのは少し辛いけど、今は辛いという気持ちだけではなかった。
 今度こそ勝ちたい。今の私に確かに渦巻いていた感情だった。久しく忘れていた悔しいという気持ちがグルグルと私の中で回り続けている。先程の彼の『悔しさをバネに駆け上がってくる』という言葉に踊らされた訳では無い。それでも、このまま負けたままなんて嫌だから。人に言われっぱなしなんて嫌だ。私をここまで落ち込ませたこの施設にギャフンと言わせてやる。
 ……ああそうだ、私はこうやってチャンピオンまで上り詰めたのだったか。負けて悔しくてもっと強くなって今度は勝って。
 座り込んでいたベンチから立ち上がる。クヨクヨする時間なんてもう終わりだ。そう思った私はもう一度バトルファクトリーに挑むのだった。


「お客様おめでとうございます!」
 勝ち進んできた21戦目。ようやく私はファクトリーヘッドの所までたどり着いた。
 係員の人に連れられてフィールドに立ったのに、まだ誰も来ていない。来る気配もない。思わずキョロキョロと対戦相手を探していれば、対峙していたフィールドの相手サイドから煙幕と爆発音が聞こえた。立ち上る煙に咳き込んでいれば、少しずつ晴れていく視界。その視界に映るのは、かつて私が落ち込んでいた時に隣にいたあの人で。
 口をあんぐりと開けて驚く私をよそに、ファクトリーヘッドは笑った。
「ワーオ、ぶんせきどーり!」