少年少女よ、勇気を抱け

 その出会いは偶然だった。
 あ、と零したのはどっちだったか。私だったような気もするし、苗木君だったような気もする。バイトでレジ打ち中だった私はその作業を途中で中断するほど、ぼけっとしてた気がする。それもそのはずだ。高校時代の同級生とまさかバイトのレジ中に再会するなんて思ってなかったんだから。
「ここで働いてたんだ」苗木君が興味深そうにそう言った。「うん、時給良いんだ」と私が返すと苗木君が苦笑する。あまりにド直球な私の言葉に呆れたのかもしれない。でも本当なんだから仕方ないだろう。苗木君が注文して私はその注文をポチポチと押していく。お会計を私が告げれば苗木君はぴったりお勘定しておつりは無かった。
 それにしても味気ないな、と私は思う。高校時代結構楽しかった思い出があるけれど、卒業してしまえば同級生ともこんなものなのか、なんてちょっと物寂しく思った。高校を卒業してからはまた別々のコミュニティを築いていくのだから古いコミュニティが忘れ去られていくのは当たり前のことだけど。妙に惜しく思ってしまうのは私が高校時代、彼に少なからず気があったからなのか。レシートを渡すとこのちょっとした再会も終わりだ。変なノスタルジーを表に出さないように笑顔で「ありがとうございましたー」と告げる。マニュアル通りの笑顔と応対だったはず。私百点満点。
 なのに、苗木君はまだレジから動かなくて私は首を傾げた。「苗木君?」と不思議に思って彼を見ると彼の目と私の目が合った。
「この後って時間あるかな」
 言葉の意味が、分からなかった。一瞬作っていた笑顔が崩れて慌てる。苗木君は何と言った? 時間? 彼の言った言葉をかみ砕くようにしてようやく理解した私はそれはもう変な声を出した。
「えーと、上がるのは一時間後、だけど……」
「なら待つよ。せっかく会えたんだし、いろいろ話したいこともあるからね」
 苗木君はそう笑って奥の提供口に行ってしまった。私はそれを見送って、彼が店内に入っていくのを見た。一時間。何かをしていたら早く過ぎるかもしれないけど、わざわざ偶然出会ったかつての同級生のために一時間も待ってくれるものなんだろうか。そう考えていると顔が熱くなったような気がして、必死に手で頬を冷やす。うぬぼれるな、私。元々苗木君はいろんな人に優しかった人だ。それがかつての同級生に優しさの矛先が向いたっておかしくないだろう。そう思ってもヒートアップしていく脳内。いろいろと熱暴走してしまいそうな中、友達なんだし消費税をイートインじゃなくてテイクアウトにしてあげれば良かったな、なんて場違いなことを考えた。

 体感早かったような遅かったような微妙な一時間を越えて、私は今までこんなに早く着替えたことがあるだろうかってくらいの速度で退勤をした。バックヤードから出れば、思わず目で彼を探してしまう。いやいや友達を待たせているのだから当たり前の事なんだと自分に変に言い聞かせながら、ようやくその姿を見つけた時、ホッとした自分に何とも言えない気分になる。なんだかまるで期待してるみたいだ。
「お待たせ。ごめんね、一時間も待ってもらって」
「気にしないで。元はと言えば、ボクが勝手に待ってたんだし」
 苗木君は高校時代から変わらない人のいい笑みを浮かべる。それにとうに捨てたはずの昔の恋心が擽られたような気がして私は変な気分になる。「新しくドリンク買う?」だなんて言ってみれば「大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」なんて笑いかけられるものだから、墓穴を掘ったようになってしまった。
 向かい合うように座ってから数分。私たちの間には変な空気感が広がっていた。お互いに黙って何も話さない。本当は、なんで待ってくれてたの? だとか、話したいことって何? だとか、聞けばよかったのに、まだズルい大人になり切れてない私はそんなことは口に出せなかった。だから私は黙りこくって苗木君が話し出すのを待っている。同じくらい、苗木君が何を言い出すのかを恐れても居る。
さんってさ」
 先に口を開いたのは苗木君だった。
「彼氏いるの?」
「んぐっ!?」
 予想だにしない発言に私は咳き込んだ。「ケホッ、い、ゴホッ、いや、いないよ」と咳き込みながら答えると、咳き込み始めてから心配そうな顔をしていた苗木君は「そうなんだ」と少しだけ安心したような顔をした。
 いや、いやいやいや、おかしいでしょ。なんで、そんな、嬉しそうにはにかむの。訳が分からない。そんなのじゃまるで私の事好きみたいだよ。だって私は高校時代のただの同級生で、違う大学に進学した私たちにとっては高校時代の交友関係なんて昔のコミュニティの一部でしかなくて、ただそれだけのはずなのに、君がそんな顔するから変に勘違いをしてしまいそうになる。自分がただの女になっていく感覚。酷く慣れない。
「変なこと聞くね」「変かな」「変だよ」私は苗木君が見えないように目線を反らす。苗木君を直視できない。それもそうだけど、これ以上こうして話していると、自分がまるでどんどんドツボにハマっていくような感じがして怖い。まるで自分が苗木君にずっと好かれていたんじゃないかって、そんな都合のいい考えをしてしまいそうな自分が何よりも怖くて尻込みしてしまいそうになる。
「お願いだから逃げないでよ」
 苗木君の声は刺さるようだった。思わず苗木君に視線が戻ってしまってようやく気が付く。彼の顔は真っ赤だった。アルコールでも入ってるんじゃないのってくらい彼の顔は真っ赤だ。でもそうじゃないことを私は知っている。だって彼の注文をレジで打ったのは他ならない私なんだから。彼はそれほど顔を真っ赤にしながらもこっちを見据えていた。
「ボクは、ずっとさんのことが好きだよ」
 ……ああ、もう。そこまで言われたらもう逃げ場なんてないじゃないか。私は観念して、震える口で言葉を紡ぐ。
 閉じた思いはもう既に花開いている。


しずか様リクエストの『苗木くんが頑張って好きな女の子に迫る話』でした! リクエストありがとうございました!