恋の鼓動

 その事に日向が気が付いたのは偶然だった。と接する機会が増えた。掃除や採取作業の人材分配の相談、一仕事終えた後のお出かけチケット、それらはいつもなら修学旅行メンバーと同じ回数等しくなるように努めていたはずだが、気が付けばほんの少しだけと接する回数が他よりも増えている。意図的ではない。意図的ではないからこそ、気づくのに遅れた。そしてのあることにも。
「なぁ左右田」
 視界の隅で左右田が何だと振り向くのが見えた。日向はそのまま続ける。
「最近の、可愛くなってないか」
「ハァ?」
 素っ頓狂な声を上げたのは左右田。しかし、日向はそんなことに気が付いていないのか言葉を続ける。
「なんなんだろうな……。よくわからないが、この島に来た時よりも可愛くなってる気がするんだよな」
「そーかよ。オレにはあんまそう見えねぇけどよぉ。まー女子だし、化粧変えたとかそんなんなんじゃねえの」
 日向は手元の動作を再開しつつ、「化粧とは違う気がするんだよ」とボヤいた。左右田も採集を再開しながら遠くで働くを見る。正直なところ、左右田には彼女に目立った変化は無いように見える。日向の目にはまた違った景色が、彼曰く可愛いが写っているののだろうか。左右田は考えるもすぐにやめた。よりもソニアさんの方がめっぽう可愛いというのが彼の持論だからだ。

 しかしながら左右田のように日向が割り切れるわけもなく、採集をしながらも日向の目はチラチラとのいる方を盗み見ている。結構な回数だ。ここまで来たらもはや病的ともいえる。左右田も最初こそは気にせずに採取を続けてはいたが、一緒に働く友人が何度も何度も気が散っている様を見せつけられると、どれだけ集中しようと流石に気になる。つまり日向に釣られるように左右田も気が散る。その度に集中しようと自分に言い聞かせていたのだが、その言い聞かせる回数が十回を超え始めた頃、左右田もたまらず声を上げた。
「ダァーッ! そんなに気になるんならよ! 直接に聞いてきたらどうなんだよ!」
「ちょ、直接って言われてもなぁ、どうすればいいんだよ」
 日向は続いて「それにそんなに見てたか?」とあまりにも自分の状況を理解できていない発言をするものだから、左右田は「見てたわ!」とまた声を荒げることになった。がこちらの喧騒に気づいていないのが不思議なほどの大きなツッコミだった。
 それはともかく、結局日向は左右田の剣幕に押されてに話しかけることになった。話すと言っても先ほどの疑問をどうやって日常会話に落とし込めばいいのかという課題が出来てしまったが、左右田は構わず日向の背中を押した。さっさと行ってくれ、なんなら帰ってこなくても良いぞ、が彼の本心である。そんなことも知らない日向は左右田に無理矢理押されるがままによろよろと歩きだしたが、そのうち観念したのか自分での方へと歩いて行った。左右田から離れて左右田との距離よりもとの距離が近くなったころ、が近付いてくる日向に気が付いた。何の用かと顔を上げる彼女の顔を見て、日向の胸がドキリと跳ねる。
「採取中に悪い。ちょっとに聞きたいことがあるんだよ。あー、っと、その、な」
「聞きたいこと?」
 日向は直球で聞くことにした。しかし、聞こうと思ったのにいざ尋ねようとすれば口から上手く言葉が出てこない。喉につっかえている言葉を何とか出そうと唸るようにどもっていれば、がその表情を不思議そうに日向の顔を覗き込む。それが日向には大打撃だった。鼓動は更に早まるし、心臓は今にも爆発するんじゃないかって程に熱かった。落ち着け、俺。なんでそんな可愛いんだって聞くだけだ、いやその文面だとヤバくないか? なんて自問自答を繰り返しながら日向は口を開く。彼の脳みそは今にも沸騰しそうだった。
「可愛いよな! って! 最近凄くそう思うんだよな!」
「かわっ……」
 大誤爆だった。日向は自分でも言った言葉の意味を理解しないまま言ってしまったし、何なら言った直後も自分が何を言ったのか分からなかったほどだった。しかしはその言葉の意味をすぐに理解してしまったようで、その顔がまるで茹蛸のように真っ赤に染まる。耳まで真っ赤に染め上げた彼女の顔を見て、日向はようやく自分が何を言ったのかを理解した。そしてに負けない程その顔を真っ赤にする。
(絶対変だと思われただろうな……)
 真っ先にそう思った。そりゃそうだろう、いきなり聞きたいことがあるとやってきたと思えば挙動不審になり、挙句の果てに衝動的に口説いてくる男なんて、今まで良好的な関係を築いていたって不審がられる。現に日向は自分に引いていた。自分がこんなこと言える人間だと思っていなかった。自分が自分のことを信じられなかった。
「わ、るい、変なこと言ったよな、忘れてくれ」
 またもやぎこちない口を無理矢理動かして日向は早急にその場を立ち去ろうとした。先ほどと違って頭はとても冷えているのにその中身は真っ白で何も考えつかない。嫌な汗が体中に流れているのを感じる。
「待って!」
 しかし、そんな日向を止めたのはの声だった。すぐにでもこの場を去りたい衝動をなんとか抑えながらを見れば、いつ取り出したのかその手にはくしゃくしゃになったお出かけチケットが握られている。
「さっきのはすごくびっくりしたけど、したんだけど……、でも嬉しいって思ったから、あの、その……」
 どんどん声が小さくなっていく。先ほどの日向のように声はどもっていて、喋るのも恥ずかしそうだ。しかし、は一度息を大きく吸った。
「さっきの言葉の意味も知りたいし……、今日一日、日向君と一緒に過ごさせてもらえませんか!」
 日向は今度こそ本当に頭が真っ白になった。

 の声は大きく、その一言一句まで離れていた左右田に届いていた。なんならその前の日向の言葉だって聞こえていた。左右田は苦笑して、甘ったるい砂糖でも大量摂取したような面持ちで青い空を見上げる。
「……ソニアさんに、オレ、恋のキューピットになったんですよって言ったら、笑ってもらえるかなあ」
 はは、と乾いた笑いが口から零れ出る。日向に先越されるとはなぁ、と独りごちる。
 近い内、一組のカップルが成立するだろう。あの様子だとだってまんざらでもなさそうだ。当の本人である日向はまだ気が付いていないが、きっとそれも時間の問題のはずだ。
 ――だって、女の子を目で追ってしまうほど可愛いと思えるのなんて、恋以外にはあり得ないのだから。


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