薬指の呪い

有里君は出ません。

 陽の光を受けての薬指が輝く。小さくも存在感を発するそれに俺の目線が囚われる。少し前から気になっていたそれ。俺は意を決してそれについて聞いてみることにした。
「なあ、それって」
 俺の目線に気づいたのか、が左手を持ち上げる。
「これのこと?」
 そう言って俺と彼女の間に掲げられた左手の薬指には小さなリングが輝いていた。
「ああ」
「普通は気になるよね。左手の薬指に指輪が合ったらさ」
 が笑う。そうだ。俺はが出会った時から一度も外さない、その指輪が気になっていた。
「左手の薬指に指輪って色々と……。婚約指輪だとか結婚指輪とか、いろんな意味があるだろ。その、なんだ。って彼氏とか、そういう人が居るのかなって」
 がきょとんとした顔をする。そしてすぐに破顔して笑い声がその場に響き渡った。
「あはは、別にそういう人いないよ。まあ勘違いされても仕方ないよね」
「気を悪くしたなら悪い。謝る」
「全く! 謝ることなんてないよ」
 笑いながらもそう言う。俺はそんなを見ながらホッと胸をなでおろした。あれ、なんで俺ホッとしてるんだ。分からない。
「じゃあなんで外さないんだ? 学校でもどこでもずっとつけてるだろ、それ。先生から変に注意食らったりしないのか?」
 笑い声が止まった。彼女の顔を見て見れば先ほどの表情から一転、言いにくそうに微妙そうな顔がそこにある。一体なんなんだ? 俺、変なこと聞いたのか?
「……注意とかされたりはするんだけどさ。あー、外れないんだよね。一度嵌めた時からずっと」
「え?」
「これ、二年前にある人からもらったんだけどね。その人、今はもう亡くなっちゃってるんだけどさ、その亡くなる直前に貰ったの」
 が左手の薬指を触りながら言う。右手で指輪を持って何度も引っ張るような仕草をするが、指輪はびくともしない。
「左手の薬指にしか嵌らなくって、一度嵌めて見たら何やっても外れなくって……。なんか、その人に外すなって言われてるみたいな気がして、私も外す気が段々なくなってきたんだ」
 はそう言って左手をベンチの上に置く。俺から見ての向こうにあるその手。小さいはずの指輪が妙に大きく見えて、背中に冷たい汗が伝う。ぞわ、と嫌な感触が背中を這い上っていく。
 死んだ人から受け取った指輪。一度嵌めたら外れない指輪。そんなのまるで呪いみたいじゃないか。
 押し黙ってしまった俺に気を遣ったのか、「この話、終わりにしよっか」とが言う。俺はそれに頷いたけど、あの指輪が頭から離れない。左手で輝くあの光が気味わるくて仕方ない。
 彼女の指輪に嵌る宝石。深い深い青がそんな俺を嘲笑うようにきらりと光った。